2日に閉幕した第35回東京国際映画祭で、印象的だった2つの出来事がある。

<1>9月21日 都内で行われたラインナップ発表記者会見の席上で、2年連続でアンバサダーに就任した橋本愛(26)が「日本の映画界に立ちはだかる壁について、自分の気持ちをお話しできたら。ハラスメント、労働環境の問題」と口にした。その上で「日本全体に同性婚が認められなかったり、LGBTQへの理解が浅かったり、世界の環境問題に対する意識が薄い。伝統を守っていく姿勢は美しい一方で、こぼれ落ちてしまう人たちに寄り添い、それでも生きていて欲しいという気持ちを込め、作っていくのが映画であり芸術」と、日本社会の問題点を指摘した上で、その問題を解消するために必要なものこそ映画であり芸術だと強調した。

続けて「一番、感じるのは世代間の溝。上の世代が必死に積み重ねたものを守り抜いていく姿勢は、とても素晴らしい一方で、下の世代の声も聞こうと。お互いの声を聞き合う姿勢が、これからの物作りにおいて大事」と、映画業界内にジェネレーションギャップがあると訴えた。そうしたことを語った理由について「世界に開かれる東京国際映画祭で、世界を見渡して日本のすてきなところ、改善した方がいいところを見つめ直すきっかけになれば」と口にした。

橋本は、映画祭開催期間中の10月31日に都内で開かれた、同映画祭と国際交流基金との共催プログラム「交流ラウンジ」で是枝裕和監督(60)と対談。ラインアップ発表記者会見での発言について尋ねられると「現場に参加している者として、意見を発表した。良い反響が返ってきて、一個人の気持ちを発表しても、友好的に受け入れてくれた」と前向きな状況だと語った。その上で「ちゃんと受け入れてくれたのは、今の時代の風。表だって取りざたされているハラスメント、労働環境の問題は敏感に、声を上げ続ける重要性を感じ取ってくださった」と笑みを浮かべた。

<2>11月2日 コンペティション部門審査委員を務めたシム・ウンギョン(28)が、クロージングセレモニーの檀上で母国・韓国の首都ソウルの繁華街・梨泰院(イテウォン)の路地で、10月29日夜に発生した事故の犠牲者を追悼した。「まず受賞者の発表の前に、10月29日に発生した梨泰院の雑踏事故に、心から哀悼の意を表します。謹んで故人の、ご冥福をお祈り致します」と、日本語で追悼のメッセージを送った。

当時、韓国国内では人気アーティストが公演の開催や新曲のリリースを相次いで見送っていた。また日本国内でも、韓国人アーティストがイベントを見送ったり、来日をキャンセルしたケースもあった。芸能イベントと、国際映画祭の審査員は、どちらも仕事だが次元は違うだろう。それでも、公の場で韓国人アーティストの1人として、梨泰院の事故に関して発言するのは覚悟が必要だったはずだ。

何より、心中は穏やかでなかったことは、その後の国際審査員会見での様子からも明らかだった。シムは涙をためた目を上下左右に動かし、ほおを何度も膨らませたり、すぼめたりしていた。涙をこらえていたのだろう。そんなシムに、プレゼンターとして最優秀男・女優賞を発表する前に追悼メッセージを発表した真意を尋ねると、こう説明した。

「映画祭の期間中に大変な惨事が起きました。ニュースが流れ、眠れない日々を送っています。亡くなった方、ケガをした方の大半が、私と同世代と言っても良い10~20代。表現できない悲しい気持ちで胸がいっぱいで、まずは故人の冥福を祈りたいと思いました」

「常々、自分の立場で何が出来るかを考えています。今は非常に悲しいけれども、ここで、また立ち上がり、物事が良くなるよう前に進むべき。それが映画の力。大変なこと、つらいことがあっても進んでいかなければと、東京国際映画祭の期間中、切実に思いました」

文化と人々が出会う、世界に開かれた場であるべき国際映画祭の公式行事で、橋本とシムという同世代の日韓の女優が、自らの言葉で思うことを発信した。いずれも意義があると思ったから、記者は取材現場から即、原稿を書いて発信した。

一方で、俳優が社会や業界の問題について、自分の思うところをもの申したり、映画祭を仲立ちにして、社会や世界の問題をみんなで考えたり、意見交換する機会が、もっとあっても良いと思う。例えば5月にフランスで開催されたカンヌ映画祭は、ロシアの侵攻を受けるウクライナの支持を表明し、ロシア政府関係者や同国の支援を受けた作品の受け入れを拒否。同6日のオープニングセレモニーには、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領が生配信で出演。また、16年のドキュメンタリー映画「マリウポリ」の続編を製作しようと、ウクライナ南部の都市マリウポリで撮影中、ロシア軍に殺害されたリトアニア人のマンタス・クベダラビチュス監督の撮影した映像を、婚約者が編集者とまとめた遺作「マリウポリ2」も上映した。

自身初の韓国映画「ベイビー・ブローカー」を携え、4年ぶりにカンヌ映画祭に参加した是枝監督は、同映画祭が前年21年にも19年の香港反政府デモのドキュメンタリー映画「時代革命」をサプライズ上映したことを指摘。「昨年もやっぱり香港の状況に対して、いち早く作品を上映するという選択をしましたし、今回もそこは明快に態度を表明していますし」とした。その上で「カンヌは、レッドカーペットが華やかな映画人がスポットライトを浴びる場所ではなくて、声の小さい人に開放し、使ってもらう場所として映画祭を開いていくという態度が明快。そこを僕は1番、リスペクトしています」と続けた。そして

「映画祭とは改めて、そういう場所なんだなと認識しました」

と語った。

20代の橋本、シムが起こしたアクションは、是枝監督がカンヌで口にした「映画祭とは改めて、そういう場所」というところに、東京国際映画祭を向かわせる、一歩ではないだろうか。そうした出来事を発信し、世の中に伝えるのが、我々、映画メディアの仕事だろう。

その上で、ただ発信するだけでなく、関係者や俳優、製作陣と腹を割って話し、意見交換することで、東京国際映画祭を、より豊かなものにしたいと近年、ずっと思ってきた。思うだけでなく、歴代のチェアマンの中に直接、提案した人もいる。

ただ、現実には全く、実現できていない。メイン会場として2年目を迎えた、日比谷の街を歩きながら「映画を真正面から伝えるために、映画祭や製作者、俳優、映画各社と、どう向き合っていけばいいのだろうか?」と連日、考え続けた。それも、若い世代の女優が声を上げながらも、実態が伴っていない面が多々ある東京国際映画祭への疑問と、何とかしたいと心が空回りばかりしている、映画取材者としての自分への、いら立ちがピークだったからかも知れない。【村上幸将】