4月15日に東京ディズニーランドが開園40周年を迎えたが、同じ1983年にスタートしたのが劇団四季のミュージカル「キャッツ」。名古屋でロングラン中の5月11日には日本公演通算1万1111回を達成する。40周年ともなる「キャッツ」初演に出演した飯野おさみ(76)は昨年、アイドルグループ「ジャニーズ」でデビューしてから60年、劇団四季入りから50年の節目を迎えた。「キャッツ」でミストフェリーズなど7役も演じた飯野に「キャッツ」を巡る思い出を聞いた。

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東京ディズニーランド開園から7カ月後の83年11月11日、劇団四季「キャッツ」が初日を迎えた。東京・西新宿に仮設劇場「キャッツ・シアター」を建設し、日本で初めてのロングラン公演。総制作費は約8億円と言われ、劇団四季にとって背水の陣で臨んだ公演だった。

「この公演が成功しなかったら、劇団四季がつぶれてしまうという危機感がありました。同時期に横浜のあざみ野に稽古場(四季芸術センター)を建設していて、まさに劇団の命運をかけた公演でした」

飯野は「ジャニーズ」のメンバーとして活躍。解散後、米国でのダンス修行を経て、「アプローズ」のオーディションをきっかけに劇団四季に入団した。「ウェストサイド物語」「コーラスライン」などに出演していた。

「ロンドンで『キャッツ』を見てきた(劇団代表で演出家の)浅利(慶太)さんから『やる役がいっぱいあるぞ』と言われました。キャッツ・シアター建設予定地を見に行った時、何もない野原に止めたトラックの上で歌ったりしましたね」

稽古では浅利さんから「一日中猫でいろ」との指示を受けた。

「みんな、猫のように四つんばいになって、稽古場から事務所の方まで行ったり、ニャーオーと鳴きながらスタッフにすり寄ったりしました。家に帰る途中も道端にいたノラ猫をじっくり観察したり、話しかけたりしたけど、なぜか猫は逃げなかったですね」

初代ミストフェリーズを演じた。ダンスとマジックに秀でたマジシャン猫で、片足で25回転するダンス場面が見せ場となる。

「ダンス場面では僕が全部最前列の真ん中で踊ることになった。ほとんど出ずっぱりで、自分の見せ場に行くまでに疲れてしまった。稽古ではなかなかできなくて、浅利さんには『これで引退か』と言われたし、自分でもこれができなかったら引退を覚悟していました。でも、初日に初めてちゃんとできた。カーテンコールでは泣きました」

開幕から半年は飯野一人でミストフェリーズを演じた

「週10回公演で、2回公演の日が4日もあった。やっと休演日が来たと思ったら、浅利さんに『休まずに稽古をしろ』と言われました。半年たつ頃には楽屋に内科の先生に来てもらって点滴を受けながらやっていました」

半年後、ラム・タム・タガ-役だった市村正親(74)が飯野に代わってミストフェリーズを演じた。

「1週間だけだったんですが、彼もげっそりとやせて、猫なのにネズミみたくなっちゃった。その後、ラム・タム・タガ-に戻って、ミストフェリーズを紹介する場面では、役の大変さを知ったので、ものすごく力を込めて『ミスター・ミストフェリーズ!』って紹介するようになりました」

初日から数日後、客席近くに落ちるアクシデントがあったという。

「ジャンプするとどんどん前に行って、回っているうちにセンターが分からなくなることがあるんです。その時は前に行き過ぎて、客席側に落ちてしまった。そこはちょうど通路だったので、すぐに舞台に上がりました。何事もないようにパンッと決めたけれど、よくお客さんにぶつからず、ケガもしなかったと思います」

「キャッツ」には大きなソロのある雄猫の役は9つあるが、飯野はそのうち7役も演じている。ミストフェリーズに始まって、兄貴肌のリーダー猫マンカストラップ、かつては二枚目俳優だった劇場猫アスパラガス、ガスが若い頃に演じた荒くれ者の海賊猫グロールタイガー、鉄道猫のスキンブルシャンクス、肥満体の紳士猫バストファージョーンズ、あまのじゃくなモテモテのプレーボーイ猫のラム・タム・タガ-。

「世界でも7役も演じているのは、おそらく僕以外にはいないと思います、浅利さんに『やる役がいっぱいある』と言われたけれど、まさか7役もやるとは思いませんでした。ミストフェリーズは必死でやっていた役なので、僕にとっては特別です。マンカスは一番長くやった役で、自分に一番合っていると思います」

昨年、デビューしてから60年、劇団四季に入ってから50年の節目を迎えた。

「こんなに長い間、ミュージカルをやって来られて幸せです。いろいろな役もできて、楽しい思い出ばかりです。これからも現役で舞台に立っていたいから、今も毎日のように稽古場に通って2~3時間はトレーニングと歌の発声練習をしています。体が資本ですからね」

13年から19年まで「リトルマーメイド」で陽気なセバスチャンを演じたほか、21年には「劇団四季The Bridge~歌の架け橋~」に出演して全国ツアー公演にも参加した。そして、10月19日から首都圏で10年ぶりに上演される「ウィキッド」では、08年から演じていたオズの魔法使い役の出演候補キャストに入っている。

「以前は80歳まで現役でやりたいと思っていたけれど、今年で77歳。あと3年で80歳ですが、まだまだやれると思う。目標を高く持って、100歳までを目指そうかなと思っています」【林尚之】

◆飯野(いいの)おさみ 1946年(昭21)8月23日生まれ。62年に4人組アイドルグループ「ジャニーズ」でデビューし、NHK紅白歌合戦にも出場。67年に解散後、米国でダンス修行し、帰国後の72年に四季に入った。73年「アプローズ」をはじめ、「ウェストサイド物語」のリフ、「コーラスライン」のマイクとザック、「エビータ」のチェ・ゲバラ、「アイ-ダ」のゾーザー、「ウィキッド」のオズの魔法使いで出演するなど、四季ミュージカルに欠かせない存在。

◆「キャッツ」 さまざまな猫が登場するT・S・エリオットの詩集をもとに、都会の片隅にあるゴミ捨て場に集まった猫たちの姿を描いた作品。音楽はアンドリュー・ロイド=ウェバーが担当し、1981年にロンドンで初演された。82年にはブロードウェーで上演され、これまで世界50カ国以上で上演されている。2019年には映画化もされた。ロンドンでは02年に上演回数8949回で閉幕し、ブロードウェーも00年に7485回で閉幕している。国内で上演されるミュージカルの上演回数では1万3700回を超える「ライオンキング」に次いで2位。これまでに1080万人以上が見ている。