紫派藤間流家元の3代目藤間紫(28)が東京・国立劇場小劇場で上演中の日本舞踊未来座=最(SAI)=第6回公演「舞姫」に主演し、22年1月の襲名披露舞踊会から積み重ねた成長を披露している。

17年に発足した未来座のホームで、自身も大劇場で襲名披露舞踊会を開いた国立劇場が、建て替え再整備のため10月末で休館する。藤間は「私たち舞踊家にとって思い出がたくさん詰まった劇場です。得た経験や学びを胸に、最後は劇場に感謝の気持ちを持って踊りたい」と、今日5日の千穐楽に臨む。

「舞姫」は、新しい日本舞踊の創造に取り組む未来座による創作の日本舞踊で、藤間は時空を超えて日本舞踊の歴史をたどる現代の少女マイを演じる。アメノウズメノミコト、かぐや姫、静御前、出雲阿国、芸妓(げいこ)、遊女、女形といった、それぞれの時代の舞姫とめぐりあい、舞う喜びにたどり着く役どころだ。

第1幕は、スマートフォンを手にワンピース姿のマイが、舞台上を闊歩(かっぽ)する中、時空を超えて歌姫に出会う。驚き、最初は隠れて歌姫を見守るも、徐々に興味を抱き、引かれていく。それが第2幕になると一転、着物姿のマイが躍動する。両手を振り、扇子とともに舞台中央を舞う優美な姿に、客席から拍手が巻き起こった。

マイは主役であり、観客が目線を寄せやすい現代人のキャラクターであると同時に、日本舞踊の歴史を観客に伝えていく。セリフがない日本舞踊において、ストーリーテラーの役割まで兼ねる難役だが、顔全体で喜びや驚きを表現する豊かな表情で、マイの心情、踊りへの向き合いの変化が、セリフがなくとも1つの物語として伝わってくる。

顔での表現力含め、高まっている演技力の裏には、本名の藤間爽子として活動する女優業の充実ぶりがある。テレビドラマでは、22年にNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」とフジテレビ系連続ドラマ「silent」に出演。テレビ東京「わたしのヒュッゲ」(金曜午後9時54分)では、初のナレーションにも挑戦し、今秋から放送予定の連続テレビ小説「ブギウギ」にも出演。舞台でも、今年3月に東京、大阪で上演された、野村萬斎演出の舞台「ハムレット」で、萬斎の長男で弟子でもある狂言師・野村裕基が演じたハムレットの恋人オフィーリア役を演じるなど、人気作への出演が相次いでいる。

藤間は、マイという役どころについて「マイは狂言回しのようなポジションでそれぞれの時代を展開させていきます」と説明。その上で「1幕目では、きっとお客さまはマイを通してこの物語を見ていくことになると思うのですが2幕目になるとマイ自身が時代の渦に巻き込まれていってしまう。ファンタジーのようなSFのような日本版不思議の国のアリスのような」と作品を評した。さらに「また今回は日本舞踊を通して“社会と女性“をテーマに、弱い立場にあった女性たちが社会に抗いながらも美しくそして力強く生きていく姿を描いています。それぞれの舞姫たちに思いをはせながら見ていただけたらと思います」と見どころを語った。

紫派藤間流家元の襲名披露舞踊会から1年。「襲名する前は大きな名跡ですし、プレッシャーを感じる部分もありました。実際に襲名した後は、襲名したからと言って、すぐに変化していくことではないと感じています」と今の心境を語った。そして「どんな現場でも楽しみながら自然体でやっていきたいと思っています」と語った。

その言葉通り、3日の開幕から2日間で4公演の舞台に立ち「踊るって楽しい! そう心から感じました」と舞台を楽しんでいる。「創作舞踊ならではの群で踊る面白さ、そして皆さんと一緒に踊ることの喜びを感じています。言葉を使わなくても、踊りだけで、相手を説得し、感動させることができる。日本舞踊にはそのパワーがあります」と、日本舞踊の素晴らしさを、改めて強調した。

8月3日の誕生日で29歳になり、今年が20代ラストイヤーとなる。藤間は「最高な舞台をお客さまに届けたい! ただその事だけを考えて毎日お稽古に臨んでいました。今年で29歳になるのですが、20代最後、ある意味自分の中での1つの区切りとして、今の私にできることを全身全霊を込めて、見てくれるお客さまの心に届けられたらと思っています」と千穐楽を前に、抱負を語った。

「舞姫」の舞台に立った、その先の今後については「正直、今、目の前のことで精いっぱいなので今後のことまでは考えられませんが、ただ今回の公演で得たことは必ず自分の糧になっていくものだと思っています」と、まずは千穐楽に集中する考えを示した。そして「人に流されることなくしっかりと芯を持った人でありたい。そのためには、自分の心に素直でなくてはいけないと思っています。舞踊家として女優として、そして1人の女性として、これからもいろいろなことに挑戦していきたいですし、自分のためだけでなく、誰かのために頑張れる人でありたいです」と意気込みを示した。

日本舞踊未来座=最(SAI)=第6回公演「舞姫」は、国立劇場小劇場で、5日は午前11時からと午後4時からの2回、公演が行われる。【村上幸将】