歌手美輪明宏(88)が24日、NHK「ひるまえほっと」にVTR出演し、自らの被爆体験を語った。

1935年(昭10)に長崎市で生まれ、45年8月9日の長崎への原爆投下を体験した。

「宿題の夏休みの絵を描いていたんです。そしたらいきなりマグネシウムを1万個くらいたいたようなすごい光がピカッと光るんです。こんないい天気に雷かと思うか思わないか、その間ですね。ピカッてなって、世の中の音が全部止まっちゃうんです。シーンとなって、何の音もしなかったのが急に爆音がして」。

空襲警報が鳴り、外へ出ると「地獄でした」。「車引きのおじさんが飛び上がっているんですよ。ピョンピョンピョンピョン。真っ赤になっちゃって、焼きただれているんですね。そういうのがいっぱいあったんだけど、防空壕(ごう)へ逃げて、防空壕の中は阿鼻(あび)叫喚で、大変な騒ぎになっていて」と話した。

さまざまな文化が軍国主義によって禁止になったことへの怒りも語った。「日本中、軍が支配するようになって、退廃的である、不謹慎である、享楽はならない、と水商売はほとんど禁止になって、女の人は振り袖なんか着ていたら脅かされて警察に連れていかれるくらいで、女の人はもんぺ姿、男の人は国民服になりました」。海外の映画も禁止になり、軍国映画だけになったとした。「そういう状態にだんだん変わっていった。あれよあれよという間でしたね」。

戦後、「いちばん腹が立った」のは、「どんでん返しで善と悪が入れ替わったこと」という。「それまで軍国主義、封建主義が美徳とされていて“善”だった。民主主義、自由主義が“悪徳”だったんです。それが、善と悪が入れ替わっちゃった。これは一体何なの? それから自分の目で見て、触って考えて、それしか信じるのはやめようと思った」と話した。

また「戦争をなくすためには、独裁者、権力者をなくし、武器と軍事産業をなくして軍隊もなくす」と語り「戦争という言葉をやめて、大量殺人という言葉に変えた方がいい」と訴えた。