東京映画記者会(日刊スポーツなど在京スポーツ紙7紙の映画担当記者で構成)主催の第66回(23年度)ブルーリボン賞が23日までに決定した。

「ゴジラ-1.0」が作品賞、神木隆之介(30)の主演男優賞、浜辺美波(23)の助演女優賞の3冠を制した。また吉永小百合(78)が、00年「長崎ぶらぶら節」以来23年ぶり3度目の主演女優賞に輝いた。20年のコロナ禍以降、見送ってきた授賞式を、2月8日に都内で開催する。

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石井裕也監督(40)が「月」と「愛にイナズマ」で監督賞を受賞した。

2010年(平22)の商業映画デビュー作「川の底からこんにちは」で、史上最年少の28歳で監督賞を受賞して以来、13年ぶりの受賞だが「戻ってきたという感じじゃない」と率直な思いを語った。真意を問われると「28歳の時は、本当にうれしかった。励まされたというか…何の評価もなかったですから。今は、特別な2作で、見てもらえただけでうれしい。13年前とは、また違う種類の喜び」と答えた。

特に「月」は、23年10月13日の公開から3カ月あまりで、日刊スポーツ映画大賞で作品賞、監督賞、磯村勇斗(31)の助演男優賞、二階堂ふみ(29)の助演女優賞と4冠を獲得するなど、国内の映画賞をそうなめする勢いだ。その要因を聞くと「本来、自由であり、勇敢になるべき映画表現というものに、割と真っすぐ立ち向かった。気づいてみたら、そういう作品がなかなかない中で、ちょっと目だったということかな」と分析した。

ただ公開当時は、こうして評価を受けている今を、想像すらできない状況だった。「最悪なシナリオは、無視される…と思っていましたから」と振り返った。その裏には「月」が、公開はおろか製作の危機に陥った事実がある。相模原市で16年に起きた障がい者殺傷事件をモチーフにした作家・辺見庸氏の小説を映画化する企画は、発生から4年後の20年に動き出したが、22年6月に製作の先頭に立っていた河村光庸プロデューサーが心不全のため72歳で亡くなった。22年8月に撮影を行ったが、同年9月には、企画を通したKADOKAWAの会長だった角川歴彦氏(80)が、東京五輪・パラリンピックを巡る汚職事件で、贈賄罪で逮捕、起訴される事態となった。

当時、石井監督は撮影を終えて編集中だったが、角川氏が離れると、KADOKAWAは製作と配給から撤退した。その裏には、障がいを持った人もキャスティングしたことや取材をした上で描いた障がい者施設内での虐待シーンなど、かなり攻めた表現をしたことへの懸念があったという。作品において主導的な立場を取った2人が相次いで離れてしまったことで「月」は、製作と公開の危機に立たされたが、河村さんが代表を務めるスターサンズが単独で配給し、何とか公開にこぎ着けた。石井監督は「公開前に民放のテレビには全く取り上げてもらえなかった。理由を聞いても『何か、危ないから』と…」と公開当時を振り返った。

困難を極めた船出から、わずか3カ月…。石井監督は、東京映画記者会を構成するスポーツ7紙の記者の取材を受ける中「今の日本の世の中を包む空気にのみ込まれかねない作品。評価する側にもリスクが伴う作品。大勢のメディアの皆さんに囲まれているのが不思議だし、ありがたい」と喜んだ。

一方「愛にイナズマ」は、「月」の撮影前の22年5月にスケジュールが空いたことから、石井監督が同2月にわずか2週間で脚本を書き上げた。コロナ禍が収束に向かう中、気持ちを置き去りにされた人々への思いが湧き上がったまま突き進み、日本テレビの北島直明プロデューサーに「これをやってくれないと困る」と、書き上げた脚本を手に映画化を強く訴えた。製作幹事となった日本テレビから製作にGOサインが出たのが同4月15日で、クランクインは5月1日と、通常、企画立ち上げから数年はかかる映画製作のサイクルでは考えられないスピードと勢いで完成させた。

コロナ禍を生きる中での苦しさ、葛藤、鬱屈(うっくつ)といった、その時代に生きた人間しか感じられない思い、空気感を、エンターテインメントの形でフィルムに刻み込み、記録した。この時代にしかできない作品を作り上げた意義は大きい。「マスクで顔を隠してみることのおもしろさを、やってみたかった。それって、日本人の本音と建前じゃないですけど、特性を象徴化、映像化できたらおもしろいと思えた」と振り返った。

「セオリーに全く則っていない映画作りを2連続でやった」と語る「愛にイナズマ」「月」を製作した後、新作映画を1本、完成させた。ただ「試みとしては大きかったけれど、いかんせんリスクが高すぎた。その幻影に困らせられている。変なアドレナリンみたいなものが出ちゃった記憶があるので、完成させた映画も、無意識で『月』と比較して、パンチが効いていないんじゃないかと…」と、今は自らが産み落とした子ども同然の「月」の存在と格闘している。

そんな今、最も興味、関心があるテーマは「死」だという。

「スピリチュアルでも何でもないんですけど…死ぬということを基準に物事を考えてみると、なかなか面白いことが生まれる。誰でも…全員、死ぬじゃないですか? でも、もう少し先のことだと、皆、問題を先送りしながら死ぬことを今は忘れようとして、何とか暮らそうとする。でも、いずれ確実にやってくる。そのことを、もう1歩、踏み込んで考えられないか。当たり前のこと過ぎて、恥ずかしいんですけど。教条的にではなく、やりたいんですよね」

映画監督・石井裕也の闘いは、この先も続く。13年ぶりのブルーリボン賞監督賞受賞は、その過程の1つでしかない。【村上幸将】