フォークソング歌手の高石ともや(たかいし・ともや、本名・尻石友也=しりいし・ともや)さんが17日、死去した。82歳だった。所属事務所によると、病気のため今年5月から療養していたという。
代表曲「受験生ブルース」の歌詞。「ひと夜ひと夜にひとみごろ 富士山麓にオウムなく…」。平方根のルート2とルート5の近似値の語呂合わせだ。記者も覚えた記憶があり、今でも口をついて出てくる。
関西フォークの旗手と言われ、社会の矛盾を歌うプロテストソングの先駆者でもあった。
交友関係は幅広く、「宵々山コンサート」を一緒に立ち上げた放送作家の永六輔氏、元ザ・フォーク・クルセダーズで医学博士の北山修氏、人間国宝の落語家桂米朝氏、児童文学作家の灰谷健次郎氏、心理学者の河合隼雄氏ら。
高石さん自身、こうした方々から、曲作りや講演活動の題材のヒントを得ていたという。
高石さんはかつて、灰谷氏から「子どもと大人の違いが分かるか」と質問されたことがあった。高石氏は、灰谷氏が選んだ児童の作文などにメロディーを付け発表していた。
灰谷氏は「自分かいつ死ぬか考えないのが子ども。自分がいつ死ぬだろうと考えるのが大人」と持論を語った。そして「だから明るい歌をつくるときは子どもになれ」と言った。
高石さんは札幌西園小、クラーク記念国際高校、大阪府立八尾北高校など数々の校歌を手がけている。灰谷氏の考えのように「校歌は子どもが歌って生きる」と作詞・作曲したという。
高石さんはマラソンにも情熱を注いでいた。ホノルルマラソンには初出場の77年から、昨年まで47年連続で出場し完走した。
高石さんには完走できるこつがある。タイムを競うのではなく、「あの雲の下まで走ろう」「山がだんだん近づいて来たぞ」など、周囲の風景や自然物を目標にして走っているのだ、という。「数字にこだわって走っていると、やたらに疲れるのですよ」と話した。
心理学者の河合氏は高石さんと対談した際にこの話を聞き、「何を目標にするか」という文を寄稿した。高石さんのホームページに掲載されている。
河合氏は「人生もマラソンにたとえられたりするが、われわれが人生マラソンを走っていく上で、『数字』にこだわっていないか。(略)われわれは『数字』にとらわれてしまって『やたら疲れて』いないだろうか」と記した。
「何点取ったか」「何番だったか」「何平方メートルの土地を買ったか」「年収はいくらか」等々。
そして「人生のマラソンは、その到達点である『死』に早く着いた人が『勝ち』などということはない点を考えるならば、途中の風景を楽しまずに、まっしぐらに走る馬鹿さ加減も分かってくるだろう」と結んでいる。
学生運動全盛期に、フォークソングの旗手として活動した高石さんは晩年、達観したかのように、にこやかで穏やかだった。
高石さんが日本語詞をつけたアメリカのカントリー・ミュージック「陽気に行こう」という歌がある。
「長い人生なら さぁ 陽気に行こう」
人生のマラソンランナーへ向けた、高石さんのメッセージである。【笹森文彦】



