俳優町田啓太(35)が、17日放送の日本テレビ系「おしゃれクリップ」(日曜午後10時)に出演。ダンサーを目指していた時の挫折を語った。

高校卒業後はダンス教師を目指し体育大学へ進学し、大学2年生の時にLDHのスクールに入所した。LDHに入ったきっかけは、高校の時に東京から教えに来ていたプロのダンサーの先生つながりで、別の先生から「LDHでダンサーを探しているから興味ないか?」、さらに「劇団EXILEのオーディションも受けないか?」と言われたと明かした。しかし、ダンスをやりたかった町田は「最初は(劇団EXILEの)オーディションを受けないって決めてたんです」と説明。「ダンスやりたいんで、俳優のオーディションは違うんです」と言ったが「うちはそこ(俳優)から別のグループに行ったりとか、ダンスもお芝居もやってる人もいるから、いいじゃないか。チャンスがあるかもしれないから」と言われ、2010年、約2000人のオーディションを勝ち抜き「劇団EXILE」に合格したという。

同年、「ろくでなしBLUES」で初舞台を踏んだが、公演中に左足アキレス腱(けん)を断裂し降板した。当時を振り返り町田は「ぐるぐる巻きにテーピングして、その日の公演はやったんですけど。次の公演からもやろうと思ってHIROさんに『すみません、ご迷惑おかけして。でもちゃんとやります』って言ったら、『やめとけ、ダメだ』って言って。次の日病院行ったんですけど。その次の日、家族が全員見に来る日だったんですよ、初舞台。みんなでただただ病院にお見舞いしに来るみたいな感じにはなっちゃってましたけど」と明かした。

さらにけがの影響で、当時デビューを目指していたGENERATIONSの候補生からも外れ、ダンスを諦めることに。「GENERATIONSに入るのは目標だった?」と聞かれ、「そうですね。ダンスで東京に出たいと思ったきっかけでもあったので、悔しかったですよね。自分の中でも悩んだんですけど、メンバーたちもいるので、1人じゃないんで。もうダンサーは諦めよう。諦めたくなかったですけどね。初めてどうにもならないことを経験したといいますか」と吐露した。

さらに「そもそもダンスも好きだったけど、上手ではなかったんで。俳優っていう道がちょっと自分の中では希望に見えた。最後のつかめるわら的な感じが当時はあって。だったらそこに全振りして、こういう悔しさとか経験も全部使って、思いをぶつけてた感じ」と打ち明けた。