元宝塚歌劇団星組トップスターで女優の寿美花代(すみ・はなよ、本名高嶋節子=たかしま・せつこ)さんが老衰のため、8月3日午前4時43分に死去した。94歳。所属事務所が6日、発表した。
夫は俳優、タレントの高島忠夫さん(19年死去)。次男は髙嶋政宏、三男は政伸の俳優一家。
寿美さんの結婚前の本名は「松平節子」。松平の名前のルーツを、24年5月放送のNHK総合「ファミリーヒストリー」で特集。同番組に政宏が出演し、母方の先祖と徳川家康との関係を追った。
名前が判明している先祖をたどっていくと、政宏の母方の曽祖父にあたる松平莞爾さんは1905年(明38)に死去。徳川家の旗本の系譜を調べると、松平莞爾の名前があった。結果、5代前の松平信濃守(しなののかみ)、6代前の松平佐右衛門勝秀(そうえもんかつひで)に行き当たった。
別の資料をたどると、家康の生みの母、伝通院(於大の方)とつながりがあることが判明。伝通院は松平広忠との間に家康を生み、その後離別し久松家へ嫁いで3人の子どもを産んだという。1560年の桶狭間の戦いで家康は、坂部城で伝通院と再会。伝通院が久松家で生んだ3兄弟に松平の姓を授けたとされる。その次男にあたる勝俊(徳川家康の異父弟)が松平佐右衛門勝秀と血がつながっているという。
江戸時代に入ると、勝俊の子孫は将軍たちの世話や警護に従事。政宏にとって母方の曽祖父の松平莞爾さんは徳川15代将軍慶喜の護衛を任された。江戸幕府が終了後、静岡・牧之原台地で茶畑づくりを命じられたが、のちに東京へ逆戻り。江戸城無血開城に貢献した山岡鉄舟が開いた「一刀正伝無刀流」で剣術を磨いた。山岡が流派を開いた1880年(明13)に直筆で記した剣道書の4番目の門人として「松平莞爾」の名前があった。
そして政宏の祖父八郎さんは松平莞爾さんの五男として生まれた。そして八郎さんは兵庫・西宮市に移り住み、1932年(昭7)に政宏にとっての母寿美花代が生まれた。
弟の政伸は母の名字が「松平」だったこともあり、徳川家と血筋を引いていると思って過ごしてきたという。一連のVTRを見た政宏は「合ってましたね。よかった~」と胸をなで下ろした。
莞爾さんについては「武士としての矜持(きょうじ)を保つために剣術で、ギリギリ保たれた。結局、ご先祖さまはみんな苦労してるんだな」としみじみ語った。
◆寿美花代(すみ・はなよ)本名高嶋節子(たかしま・せつこ)。1932年(昭7)2月6日、兵庫県生まれ。48年宝塚音楽学校を卒業し、同年初舞台。宝塚時代は男役トップスターとして活躍。63年宝塚を退団し、高島忠夫さんと結婚。長年、夫とともに日本テレビ系「ごちそうさま」の司会を務めた。次男髙嶋政宏、三男髙嶋政伸は俳優として活躍するなど芸能一家。趣味は海外旅行。血液型AB。



