ドラマ「だいこんの花」「大岡越前」などに出演し、知的でクールな二枚目として活躍した俳優竹脇無我(たけわき・むが)さん(本名同じ)が21日午後2時5分、小脳出血のため都内の病院で亡くなった。67歳だった。葬儀は22日午後、近親者のみの密葬として都内の教会で行われた。喪主は長女の竹脇友加(ゆか)さん。竹脇さんは21日未明に大田区内の自宅で倒れ、救急車で都内の病院に搬送された。お別れ会を後日、行う予定。

 急死だった。日ごろから血圧が高く、糖尿病で、医師から「血管もぼろぼろでいつ脳出血になってもおかしくない」と注意されていた。親族によると、19日に病院で検査を受けたが、血圧が異常に高く、医師に「安静にして」と言われ自宅に戻っていた。20日夜に家族と食事後、「もう寝るよ」と言って寝室に入ったが、21日午前3時ごろ、竹脇さんの姉が様子を見に行ったところ、顔色が悪く、意識もなかったため、救急車で病院に搬送。集中治療室(ICU)で治療を受けたが、その日午後、2人の娘、前妻ら約10人が「お父さん」「無我さん」と手をとって声を掛ける中、息を引き取ったという。

 竹脇さんは死期を悟ってか、遺書を残していたという。22日午後2時から世田谷区の教会で故人の遺志による家族葬が行われた。親族のほか関口宏、西郷輝彦、長山藍子、プロデューサーの石井ふく子さんら約30人だけの参列。竹脇さんは和服を着て、2人の娘の手紙とめがね、ストライプのシャツがひつぎに納められた。葬儀後には荼毘(だび)に付され、遺骨は後日、両親の眠る鎌倉霊園に納められる。亡くなったことは、家族葬が終わった午後3時に公表された。

 名アナウンサーだった故竹脇昌作さんの三男で、60年、青山学院高在学中に映画「しかも彼等は行く」でデビュー。映画やドラマの「姿三四郎」で主演し、ドラマ「だいこんの花」「おやじのヒゲ」で森繁久弥さんと親子役を演じた。森繁さんを「おやじ」と慕い、森繁さんの舞台にも数多く出演。父親譲りの美声と知的な二枚目として女性ファンが多く「理想の夫ナンバーワン」と呼ばれた。一方で、共演女優とうわさになることも多く、97年には70年に結婚し2人の娘をもうけた妻と離婚した。関係者によると、数年前から同居している女性がいたが、2人の娘も家に出入りしていたという。

 48歳ごろからは、うつ病に苦しんだ。91年に親友の俳優松山英太郎さんが亡くなり酒量が増え、49歳で自殺した父昌作さんの年齢を自分が迎えることへの不安から心のバランスを失ったという。自殺衝動に襲われ、舞台での長いせりふを言えずテープを吹き込んだものを流したこともあった。8年に及ぶ闘病生活でうつ病を克服し、01年に舞台で復帰。03年には「凄絶な生還

 うつ病になってよかった」を出版し、講演活動も行った。

 3年前に所属した事務所を離れ、個人事務所を設立。昨年公開の映画「大奥」に出演し、来年1月の明治座「女たちの忠臣蔵」に細川越中守役で出演予定だった。この日、自宅前で取材に応じた家族の1人は「台本が届いたばかりで、せりふを覚えていた。お酒も飲まず、絵をよく描いていた。お別れの会を行って、絵の個展もしたい。天国から見守ってくれることを願ってます」と話した。