夏休み目前、猛暑の都会を離れ「東北・北海道新幹線&特急スーパー北斗で行く北海道・魅惑の駅弁と洞爺・ニセコ・余市・小樽の旅」はいかがだろう。北海道新幹線開業2年目、現地は本格的な観光シーズンを迎える。(詳細はHP「北海道新幹線スペシャルサイト」、JR北海道「駅弁紀行」などで検索)

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 例えば午前8時20分東京発の「はやぶさ5号」に乗れば、昼12時22分には新函館北斗駅に到着する。ここで12時34分発の「スーパー北斗11号」に乗り換えると洞爺湖駅には午後2時9分に到着。

 ここで閑話休題。

 「スーパー北斗11号」車内、「BENTO CAFÉ 41°GARDEN」のカフェ弁をいただく。おかずを選べる楽しさが魅力。4000種類以上の組み合わせ、自分好みのお弁当が作れる。南北海道をテーマに、海鮮系、お肉系、サラダ、お総菜と豊富なメニューを取り揃え、新幹線内への持ち込みだけでなく、店内でも味わうことが出来る。

 ちなみに、当方が予約したのが、「カニSushi ヨンイチスタイル(530円=タップリのカニに彩りよくイクラ、アボカド、スクランブルエッグ添え)、「手づくりポテトサラダたらこのせ(630円)」、「肉敷き 牛サイコロステーキ(620円=牛スライス肉の上に、和牛サイコロステーキをのせた“THE 肉弁当”」の3点詰め合わせ。

 食いタレ(グルメレポーター)の常套句、「柔らか~い」「ジューシー!」「甘~い」「マイウ~」などありきたりの表現能力を超えたうまさ。その証拠に、「食事前」「食後」の画像2枚を掲げてご了解を頂くことにしよう。完食!の極致である。

「いただきま~す」「ごちそうさま。完食!」
「いただきま~す」「ごちそうさま。完食!」

◆予約・詳細は、「BENTO CAFÉ 41°GARDEN」(北海道北斗市市渡1の1の1、JR 新函館北斗駅併設北斗市観光交流センター2階、電話0138・83・7114)。

 沿線、周辺にも名物駅弁が数多ある。「にしん身欠弁当」(函館駅・新函館北斗駅)、「森のいかめし」(森駅)、「かにめし」(長万部駅)など旅の楽しみを倍加させる。

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 食欲を満たしたところで、さっそく観光地を巡ってみたい。洞爺駅にはJR「駅で借りて駅で返す、 便利なレール&レンタカーは駅レンタカー」の営業所(電話0142・76・4206)がある。

<サイロ展望台> 北海道洞爺湖の西岸、洞爺湖を囲む大地にある。端洞爺湖の大パノラマが広がる絶景のポイント。洞爺湖をはじめ、中島、有珠山、昭和新山等を一望できる。(虻田郡洞爺湖町成香3の5、電話0142・87・2221)

<羊蹄の湧水湧水の里> 羊蹄山の湧水と言えば、京極町のふきだし公園が有名だが、この真狩村にある「羊蹄の湧水」もおすすめ。「湧水の里」で羊蹄の湧水を使用して製造販売している豆腐製品はどれも絶品。(虻田郡真狩村社217の1、電話0136・48・2636)

ハイカー人気のスポット、神仙沼
ハイカー人気のスポット、神仙沼

<神仙沼> 海抜750メートル以上、ニセコ山麓の奥にひっそりとたたずんでいる神仙沼。駐車場から1キロほど、ハイマツ、クマザサ、ダケカンバなど雑木林のなかの木道を歩くと神秘的な高層湿原の風景が広がっている。(後志総合振興局岩内郡共和町。HP「神仙沼自然休養林」で検索)

<大湯沼> ニセコエリアは、良質な温泉がたくさん湧き出ている「ニセコ温泉郷」。そのなかでも湯本温泉の「大湯沼」は周囲約200メートルの源泉の池で、温泉が湧き出している様子は大迫力。その日の湯温によっては足湯も楽しむことができる。(磯谷郡蘭越町字湯里。HP「ニセコ大湯沼」で検索)

<ニッカウヰスキー余市蒸留所> 日本のウイスキーの父と呼ばれる竹鶴正孝が、ウイスキーづくりの原点として選んだのが北海道余市。創業時の技法を今も受け継いでウイスキーの原酒が育まれています。蒸留所内の見学ではウイスキーの製造方法や工程を学ぶことができる。★無料試飲コーナーも充実、本物の、ウイスキーの味が楽しめる。(余市町黒川町7の6、電話0135・23・3131)

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 最後に「小樽」「余市」にまつわる余談。

 幕末の戊辰(ぼしん)戦争。旧幕府軍の指揮を執った海軍副総裁・榎本武揚(えのもと・たけあき)は、軍艦開陽丸で箱館(函館)へ向かい、土方歳三らと五稜郭に立てこもるも降伏。薩長軍の囚われの身となるが、新国家には欠くべからざる人物として1872年(明5)に開拓使四等となり、国有地払い下げの折に小樽の土地20万坪を購入し「北辰社」を設立、市街地開発を進めている。街の一角に小祠を設け、これが現在の「龍宮神社」(JR小樽駅の山側)。地元では榎本を「武揚(ぶよう)さん」と呼び親しんでいる。

 一方、戊辰戦争で敗れた会津藩の武士の一団は、東京から小樽を経由して、明治4・5年ころ余市に入植、開墾。極寒の地にリンゴを結実させて皇室に献上するなど、北海道内での果樹栽培の基礎を作った。

 来年は維新から150周年-ここ北海道でも、明治の痕跡に出会える。

【文化社会部編集委員・石井秀一】(ニッカンスポーツ・コム/コラム「新聞に載らない内緒話」 2017年7月)