「今日の新規感染者数は、7万8313人です」

年末も押し迫った12月28日の夕暮れ時、トリノの街中を買い物に走り回っていた私は、カーラジオから聞こえてきたニュースに耳を疑った。

予約なしでスピード検査ができるイタリア・トリノのある薬局前。毎日たくさんの人が、寒い中行列をなしている(著者撮影)
予約なしでスピード検査ができるイタリア・トリノのある薬局前。毎日たくさんの人が、寒い中行列をなしている(著者撮影)

7000でなく7万。イタリアではコロナが始まって以来未到の数字だ。前日は3万人台だったから、いきなり倍以上に激増してしまったというわけだ。これは大変なことになってきた。ワクチンがなかった頃に感じていた、自分も感染して死ぬかもしれないという恐怖とは違う、何か得体の知れない不気味さのようなものを感じた。それがオミクロン株の大嵐がイタリアに吹き始めた最初の夜だった。翌29日は9万8020人、12月31日は14万4243人と、文字通りうなぎ上りに増えていき、1月6日には、ついに20万人を超えた。

【オミクロン株の登場で風向きが変わった】

10月後半からヨーロッパ、特に東欧からドイツ、オーストリアなどで爆発的に拡大したコロナの第4波は、じわり、じわりと国境を越え、フランス、イタリア、スペインと南西ヨーロッパにも広がっていった。とはいえ、6万人超えの感染者を出していたドイツやイギリスに比べ、イタリアの感染者数は11月中旬ころまでは1万人以下に抑えられていて、もはやコロナは、ワクチンをしていない人たちだけの問題、そんな空気が流れていた。実際、私も友人と食事に行ったり買い物に出かけたり、ほぼ普通に生活をしていた。違うのは室内に入るときはマスクをすることと、カフェやレストランで時々グリーンパスをチェックされること。いつまた感染が拡大するかわからないから日本へ行く踏ん切りがつかないこと。それぐらいだった。料理のイベントや講習会という私の仕事も、以前のように再開していた。

ところがオミクロン株の登場で風向きが変わった。

11月27日にオミクロンの感染者第1号患者が報告されて以降、少しずつ増え始めた感染者数は、12月10日には2万人を超えた。

クリスマス直前のある日、スーパーに買い物に行くと、入り口に設置されている画像体温計がオンになっているのに気づいた。パンデミックが始まってすぐに設置された、一見スマホのようなそれは、客が画面の枠内に顔を映すと体温を測定し、問題なければグリーンのライトが点灯するというもの。去年の春に第3波が落ち着いて以来、撤去はされないものの電源はずっとオフになっていた。買い物に行くたびに、使われていないのを見て平和を感じていたのだが、それがまた、オンになってしまったというわけだ。


スーパーの入り口に設置された画像体温計(著者撮影)
スーパーの入り口に設置された画像体温計(著者撮影)

クリスマスを境に、人と集まるため、または集まった後、検査をする人が激増した。たとえばある若者は友達と大勢でスキー旅行に行ってしまったけれど、クリスマスでおばあちゃんに会いに行くから、その前に検査をしておこう。そんな感じで、なにかしら心当たりがある人たちが万全を期すために検査に走った。その結果、隠れ感染者があぶり出され、感染者数が激増した。感染者が増えれば濃厚接触者も増える。運悪く感染してしまった人、濃厚接触者になってしまった人たちは、隔離や自粛が義務付けられる。隔離を始め、隔離を終えるためには、その都度検査を受け、証明書を得る必要がある。それでさらに検査をする人が激増した。今イタリアでは毎日100万人程度が検査を受けているという。

ところがその検査がくせものだ。薬局などで簡単にできるスピード検査では何度も陰性だったのに、PCR検査をしてみたら陽性だったという人たちが増えた。じゃあ、並んで検査しても意味ないじゃん!と思っていたら、フランスで感染者が30万人を記録した1月5日、こんなニュースがイタリアを震かんさせた。

「PCR検査で陽性の人の40%は、スピードテストで陰性と出る可能性がある」

元欧州医薬品庁の事務長で、現コロナ抑制政策委員会アドバイザーを務めるグイド・ラーズィ医師の声明だった。だからといって、より正確なPCR検査は実施機関も限られ、時間もコストもかかるため、予約待ちでなかなか順番が回ってこないのが実情だという。たとえば1月初旬のローマでは、平均1週間も待たされるらしい。

【病院の前で待機する「救急車の列」】

感染者の激増にともなって、入院患者も増えてきた。テレビでは病院に入ることができずに待機する救急車の列を映し出していた。病床の占有率が高くなった州では、久々のイエローゾーンが復活した(イタリアが第2波、3波で適用していた感染対策の1つ。イエロー、オレンジ、レッドと色が濃くなるにつれて外出規制が厳しくなる)。イエローゾーンになる州はどんどん増えて、今ではロンバルディア州(州都ミラノ)、ヴェネト州(同ヴェネチア)、ピエモンテ州(同トリノ)、リグーリア州(同ジェノヴァ)など10州がイエローゾーン、1月10日からはエミリア・ロマーニャ州(同ボローニャ)、トスカーナ州(同フィレンツェ)など5州も加わることが決まったうえに、リグーリア州やピエモンテ州はオレンジゾーンに「格上げ」になるとみられている。

イエローゾーンになってもワクチン接種済み、またはコロナ回復証明のスーパーグリーンパス(ワクチン接種完了者、およびコロナ回復者のみが得られる)があれば、普通に外出もできるしレストランなどへも行ける。だから具体的に規制を受けるのはワクチンをしていない人たちに限られるのだが、感染者数があまりに増えすぎると、のんきにそんなことも言っていられなくなってきた。


マスクをして歩く人々。感染が拡大してからは、屋外でも人混みではマスク着用が義務化となったが、人混みでなくともマスクをしている人は意外なほどに多い(著者撮影)
マスクをして歩く人々。感染が拡大してからは、屋外でも人混みではマスク着用が義務化となったが、人混みでなくともマスクをしている人は意外なほどに多い(著者撮影)

コロナに感染して重症化したり、亡くなったりする人の8~9割はワクチン接種をしていない人だと、しきりにニュースで言っているが、オミクロンのものすごい感染力(デルタの3倍と言われている)のせいで、ワクチン接種者の間でも感染する人がどんどん増えているのだ。たしかに「インフル程度」の症状の人が多いらしく、「死の恐怖」ではなくなったのかもしれないが、無症状でも後遺症が出たりするケースもあるというので、やっぱり感染したくない。私の直接の知人にも続々と陽性者が出始めた。こんなにたくさんの感染者が身の回りにいたことは、2020年の強烈なロックダウンの時にもなかったことだ。予定していた会食などは、誰からともなく「今回はちょっとやめておこうか」という空気になった。私の年末の予定はすべてなくなった。

そんなふうに続々と陽性患者と、その濃厚接触者たちが激増し、隔離される人が増え、仕事に行けない人が増えたから、世界の感染地帯で社会機能がまひし始めている。たとえばクリスマスの週末には、8000ものエアがキャンセルになったという。乗務員、スタッフたちの間でも隔離患者が増え、運航不能となったというのだ。イタリアの国鉄でも列車の10%が運休中だという。サッカーのセリアAでは、選手に感染者が増え、大事な試合に1軍選手がいなかったとか、陽性の選手が多すぎてチーム全体が隔離になってしまうチームも出ている。

製造業やサービス業などでもパニックが起きている。工場のラインで大切な役目を果たす人が欠席になれば、工程全体に支障が出る。製造業では「スマートワーキングはありえない」からだ。

【ワクチン未接種者対象のロックダウン】

そんな社会機能まひに対応するため、濃厚接触者になってもワクチン接種済み、またはコロナ回復者であれば隔離期間が短縮、または免除されることになった。そしてついに、50代以上の全国民のワクチン義務化と、職場でのスーパーグリーンパス携帯義務が閣議決定された。今後、ワクチンを接種していなくても行けるのは、銀行、役所、美容院、スーパーマーケットなどに限定されるという。事実上、ワクチンをしていない人々に限ってのロックダウンだ。ワクチン反対の過激派たちがどんな反応をしてくるのか。ワクチン賛成派と反対派の間で世の中がますます分断され、物騒になりそうで心配だ。


ローマで3回目のワクチン接種を受ける人々(著者友人提供)
ローマで3回目のワクチン接種を受ける人々(著者友人提供)

ブースター接種にも拍車がかかり始めた。今までは2回目の接種後5カ月以上空けることと決められていたが、それが4カ月に短縮された。そしてグリーンパスの有効期限も9カ月からいきなり6カ月になった。私も3回目のワクチンを1月中に接種したとして、その半年後にはまたグリーンパスの有効期限が迫る。それまでにコロナは収束しているのだろうか。それともイスラエルのように4回目の接種もあるのか。短期間でそんなにワクチンを打って、本当に健康被害はないのだろうか。多くの人がうわさするように、新型コロナウイルスは次第に弱毒化していって、季節性インフルエンザの1つになってくれる、そんな日が1日も早くくることを祈るばかり。と思っていたら、新しい変異種デルタクロンがギリシャで検出されたというニュースが。デルタの毒性とオミクロンの感染力を併せ持つのだという。本当にもう、いいかげんにしてほしい!

【宮本 さやか : フードライター】