女優中田喜子(62)の実家は、日本橋の魚河岸時代から続く仲卸の「増田屋」だ。市場が築地に移転した後、工場を持ち、さつま揚げやはんぺんなど加工品を作っていた。

 「戦前は小田原町(現在の築地6丁目)でさつま揚げを作っていたそうです。加藤武さんと話をしていたら『隣が夜中からさつま揚げを揚げていてずっと油のにおいがしたものだから、僕は今でもさつま揚げが嫌いだ』とおっしゃって。『そこのうちに闘犬がいて、うちの犬をかみ殺したんだよ』って。うちの祖父は土佐犬を飼っていたから、どっかリンクするなと思っていたら、うちの祖父だったんです。『えっ増田屋の孫か』ということになって。会うといつもその話になるんで『申し訳ありません』って謝っていました」

 祖父の卯之助さんは練り製品部会の会長を務めた。戦後の物資のない時代、油が手に入らず、さつま揚げを揚げることができなくなった。「電気で表面に焦がしを付けるという機械を発明した人なんです。(油不要の揚げ物調理家電)フィリップスのノンフライヤーと全く同じことを、うちの祖父が考えたんですね。それで増田屋はちょっと有名なんですよ」。

 店を継いでいる姉の良子さんによると、練り物で「増田屋」の屋号の店は、卯之助さんからのれん分けされた店だそうだ。