芥川賞作家の柳美里さん(49)が今日9日、福島県南相馬市小高区に書店「フルハウス」をオープンする。福島第1原発から20キロ圏内の小高区は16年7月、避難指示が解除されたが、帰還は進まず、帰還率は20%弱にとどまっている。電車を待つ高校生が時間をつぶせる場所もなく、立ち寄れる場としての書店だ。柳さんや柳さんの友人、知人23人がテーマに沿って選んだ本が出迎える。
名刺には「フルハウス店長 柳美里」と印刷されていた。「フルハウス」は柳さんが初めて出版した作品名。大入り満員の意味もある。昨春、小高に開校した小高産業技術高校の生徒や、帰還した人たちがみんな憩うことができる場になることを願った店名だ。
16年7月、避難指示が解除され、同校は昨年4月、復興のシンボルとして開校した。「何ができるんだろうと思ったときに、本屋だったらできるんじゃないかと思った」(柳さん)。
「500人の生徒がいて、原町や鹿島、相馬や新地から電車通学している子が多い。でも待機場所がないから駅の階段に座っている。17時43分の電車が出ると無人になるし、冬は寒く、夏は暑い。本屋だったら何も買わなくてもいられるし、利用してもらえるんじゃないかなと思って」
日が暮れると通学路は真っ暗になる。通学路沿いで小高駅に近い場所を探した土地は駅から徒歩2分。開店時間は下校に合わせ、午後1時から終電が出る午後9時20分までにした。夏までには図書室も設ける計画だ。
帰還した高齢者には毎日コンビニ食という人もいる。「最初は本屋だけと思っていたんですけれど、雨の日は菓子パンを食べているという人から話を聞いて、温かいものを1日1食でも食べられれば違うんじゃないかなと思って、食堂のような喫茶店も造ろうと思っています」。書店、図書室、喫茶店で40~50人が利用できる場にする予定だ。
2間を改装した35平方メートルの書店には5000冊の本が並ぶ。角田光代さんが「旅する20冊」、山崎ナオコーラさんが「大人になっても読みたい少年少女小説20冊」、村山由佳さんは「生きるって悪くない、としみじみ思える20冊」、俵万智さんが「ことばについて考える20冊」など、友人が手書きポップ付きで20冊を選んだコーナーもある。
「楽しめたり寄り道できたりするところがないと、復興とは言わないと思うんです」と話す柳さんは「本は別世界への扉」だという。子どものころ、ひどいいじめに遭い、本の世界に没頭することでつらさが和らぎ、薄らぐことを知った。高校生たちが新たな扉を開く手助けをするため、陳列やレジも研修して、オープンに備えている。【中嶋文明】
◆柳美里(ゆう・みり)1968年(昭43)6月22日生まれ、横浜市出身。高校中退後、劇団東京キッドブラザーズを経て劇団青春五月党旗揚げ。94年、作家デビューし、96年「フルハウス」で泉鏡花文学賞、野間文芸新人賞。97年「家族シネマ」で芥川賞。東日本大震災を機に被災地に通い、12年3月から南相馬市の臨時災害放送局「南相馬ひばりエフエム」パーソナリティー。15年4月に南相馬市に移住した。昨春開校した小高産業技術高校の校歌を作詞した(作曲は長渕剛)。
◆南相馬市小高区 旧小高町で2006年(平18)、原町市、鹿島町との合併で南相馬市小高区になった。福島第1原発から20キロ圏内にある。16年7月、帰還困難区域を除き、避難指示は解除されたが、震災前、1万2842人だった人口は2月末現在、2512人。帰還率は19・6%にとどまっている。主な出身者に箱根駅伝の初代「山の神」、マラソンの今井正人。