★1933年1月、ナチス党のアドルフ・ヒトラー総統が首相に就任、2月にライヒスターク(ドイツ国会議事堂)放火事件が発生し、共産主義勢力の陰謀と喧伝(けんでん)された。世界に冠たる永久法として基本的人権保障が書き込まれていたドイツ・ワイマール憲法下でもヒトラーは全権委任法(民族および国家の危難を除去するための法律)を成立させた。立法府が行政府に立法権を含む一定の権利を認める授権法が出来た。
★01年9月11日。米国同時多発テロ事件後、本土攻撃を受けたことのない米国は国中がパニックに陥った。9月10月と2度にわたり、テレビ局、出版社、上院議員に対し、炭疽(たんそ)菌入りの封筒が送りつけられ5人が死亡、17人が負傷した炭疽菌事件も拍車をかけた。ブッシュ政権は結果たった45日で米国“内外”のテロと戦うため政府当局に対してあいまいな権限を拡大させ、当局は令状なしで電話やメール、医療情報、金融情報などを調査する権限を拡大し、テロと疑われるものに対し司法当局や入国管理局に対し入国者を留置・追放する権限を高めた。つまり超法規を与えたのだ。
★議会も冷静さを失い、上院では民主のロス・ファインゴールド上院議員が唯一反対票を投じ、民主のメアリー・ランドリュー上院議員が唯一棄権した。そのころ2人は相当の勇気が必要だったはずだ。多くの議員は危険な法律だが必要な法律と考えた。09年に米司法省が公開した、ブッシュ政権の対テロ政策秘密メモ類には“テロ容疑者”に対する捜索は大統領の政策であり「戦時に人権は制限され得るべき」と記されていた。15年に法律は失効。翌日、大きく人権の配慮がなされ修正された米国自由法が成立した。今高市内閣と自民党が夢想する改憲で加えたい「緊急事態条項」は、時の政権が「緊急事態」と宣言すれば、内閣が国会での議論なしに、法律と同等の「緊急政令」を制定できる。世界中の歴史評価で「間違い」と認定されている全権委任法や愛国者法を緊急事態法と名を変えてこの時代に導入する施政者を受け入れるという選択肢はない。自由を失ってから驚くのでは手遅れだ。(K)※敬称略


