東日本大震災の津波で孤立した宮城県気仙沼市の離島・大島で、島民の唯一の足となって孤軍奮闘した小型連絡船「ひまわり」が、4月6日に運航を中止するまで約1カ月に迫った。大島と本土を陸路で結ぶ気仙沼大島大橋が4月7日に開通。それに合わせて、本土との運航をやめる。
「将来、子どもたちが震災のことを知るためにも、『ひまわり』を震災遺構として保存したい」。菅原進船長(76)の訴えに賛同した島民有志らが、「臨時船『ひまわり』を保存する会」を17年12月に設立。島の高台にある菅原さんの私有地(約560平方メートル)の一部に、保存のための建物を建てる計画を立てた。必要な金額を3000万円と見積もっているが、現在集まった募金は約400万円。震災後に大島で慰問コンサートを行った歌手さだまさし(66)が名誉顧問に就任。支援コンサートなどを開催しているが、まだ目標金額にはほど遠い状況だ。それでも「企業や財団などにも働きかけて何とか必要な資金を確保したい」と菅原さんの決意は揺るがない。
震災直後は定期船が運航不能になり、約1カ月間は定員12人の「ひまわり」だけが孤島の命綱だった。定期船が再稼働をした後も約8カ月間、菅原さんは島民や荷物を連日、無償で運び続けた。この奮闘ぶりが、米CNNなどの海外メディアで大きく取り上げられて、国内でも小学生の道徳副読本に採用された。
支援者の中には、津波で流された孫を「ひまわり」に見つけてもらった島民もいる。菅原さんは「気仙沼湾で4人、浜で2人。合計6人を見つけました」と振り返りながら「『ひまわり』で、子どもたちに命を大切にすることも学んでもらえたらうれしい。自分も語り継いでいく」と話す。
気仙沼市は「ひまわり」保存に理解を示しながらも、金銭支援は「難しい」と判断。市有地を駐車場として無償貸与する方針でいる。【松本久】
◆気仙沼市大島の現状 気仙沼市役所観光課によると、震災前年に31万6200人訪れた観光客が、17年は9万3700人と、3割しか戻っていない。震災前に30軒あった旅館・民宿は20軒にまで減少した。
気仙沼大島大橋が4月7日に開通する効果について、菅原茂市長(61)は「観光客の増加に寄与する」とコメントをしているが、島民の間には懐疑的な声が多い。「橋ができて大島に来やすくなったが、本土にすぐに戻ることもできる。これまでは島に宿泊した人が、泊まらずに戻るのではないか」。震災前に3249人いた島の人口は、今年1月末で2441人と2割以上も減少。しかも半数以上が65歳以上で、人口流出と高齢化が加速。島民にとっては、半世紀も待ち望んだ“希望の橋”の完成だが、島再興の特効薬になるかは不透明だ。

