13年9月のIOC総会で世界に「アンダーコントロール」と発信された東京電力福島第1原子力発電所からは今も、毎日150トンの汚染水が発生している。多核種除去設備(ALPS)で浄化した処理水は、構内に林立するタンクに最大137万トンまで保管できるが、既に129万トンを超え、来年には満杯になる。国は海洋放出を決定しているが、処理水にはトリチウムが含まれ、反対する漁業関係者の同意を得られる見通しは全く立っていない。事故から11年。日本記者クラブ取材団の一員としてイチエフの今を取材した。【中嶋文明、沢田直人】

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第1原発は敷地の96%が防護服不要、簡易マスクで回れる「グリーンゾーン」となった。非常用ディーゼル発電機がひとつだけ動き、事故を免れた5、6号機のある双葉町側には土のエリアが残っているが、1、3、4号機の建屋が水素爆発し、1、2、3号機がメルトダウンした大熊町側は雨水が土中に染み込まないようほとんどフェーシングされた。

フェーシング以外に、1~4号機建屋を1600本の凍結管で囲む全長1・5キロの凍土遮水壁、建屋周りの地下水をくみ上げる45本の井戸、地下水バイパスなどで、地下水や雨水の建屋への流入を抑えようとしているが、昨年、発生した汚染水は1日150トン。前年から10トン増加した。

「構造物やガレキがじゃまをして凍土遮水壁の内側にまだフェーシングできていない部分があります。建屋そのものを水密化する方式も見いだしたい。手はあると思います。25年までに100トン以下に抑えたいと思います」。廃炉コミュニケーションセンターの広報担当者は懸命に語る。

高さ10メートル超のタンクは1基につき1000~1300トン保管できる。1061基設置され、最大137万トンまで貯蔵できるが、昨年9月に127万トンに達して残り10万トンとなり、2月24日現在の最新の数字では129万2692トンになった。

来年、確実に訪れるデッドライン。東電ではトリチウム以外の62種類の放射性物質をALPSで除去し、取り除けないトリチウムは国の放出基準(1リットル当たり6万ベクレル以下)の40分の1の1500ベクレル以下になるまで大量の海水で希釈した上で、1キロ沖合の水深12メートルの海底に放出する計画だ。

担当者は「WHOで決めている飲用水の基準は1万ベクレル/リットルです」と説明する。「事故前、排水に含まれるトリチウムの総量は年間22兆ベクレルを超えてはならないという指標がありました」とも話した。

海洋放出は来春以降、30~40年かけて行われる。最大137万トンとして年3万4000~4万6000トン。1リットル当たり1500ベクレルならトリチウムの総量は年510億~690億ベクレルになる。総量は稼働中の原発から出されるトリチウムよりずっと少なく、その濃度は飲もうと思えば飲めるレベルだと訴える内容だった。

原子力規制委員会の審査は今月中に終わる見通しで、東電では認可後、福島県など地元自治体の了解を得て、6月にも工事を開始する。しかし、朝日新聞の調査では岩手、宮城、福島3県の市町村長の6割近くが「容認できない」「どちらかというと容認できない」と回答している。日本世論調査会の調査では「賛成」32%、「反対」35%、「分からない」32%と完全に拮抗(きっこう)している。

「皆さんの声をないがしろにしたくありませんし、真摯(しんし)に聞きます。ただ、タンクはもう容量がないということも事実です。放出を認めていただけるよう説明を尽くすしかないと思います」。担当者は取材団にも頭を下げた。

◆トリチウム 「三重水素」と呼ばれる水素の仲間(放射性同位体)で、水素に中性子2個が加わっている。酸素と結び付いて水(トリチウム水=HTO)として地球上のあらゆるところにあり、紙1枚で遮ることができる弱い放射線を出す。放射線を出す力が半分になる半減期は12・3年。世界保健機関(WHO)は、飲料水のガイドラインとしてトリチウムは1リットル当たり1万ベクレル以下と定めている。国が原子炉等規制法で定めた原発からの放出基準値は1リットル当たり6万ベクレル以下。トリチウムを除去する技術はまだ実用化していない。

▽廃炉への道のり

11年12月に作られた工程表で、廃炉は「30~40年後」「遅くとも2051年に完了」と書かれたが、11年後の今も「30~40年後」のままだ。

使用済み核燃料は、3号機、4号機は取り出しを終えたが、2号機は24年開始予定。燃料取り出し機が崩れ落ちた1号機は計画より5年遅れ、積み木崩し状態のガレキを撤去した後、取り出し機を設置し、取り出せるようになるのは27年となる。地上約30メートルにある核燃料プールからすべての使用済み核燃料が取り出されるのは31年になる。

1号機に279トン、2号機に237トン、3号機に364トン、計880トンあるとみられる燃料デブリ(溶け落ちた核燃料)の取り出しはさらに難しく、ロボットを使った調査が最も進んでいる2号機で、年内に試験的に少量の取り出しができるかどうかの段階。1号機は塊状の堆積物が2月に初めて確認されたばかりだ。