日本大アメフト部員をめぐる薬物事件を受けて8日に会見した林真理子学長(69)は、大学の隠蔽(いんぺい)体質を問う指摘や「お飾り理事長」の声に、強い調子で反論した。大学側の主張に歩調を合わせる一方、学内のスポーツ分野に対し「遠慮があった」と述べ、積極的に関与しなかったことを認めた。不祥事からの大学再生へ、期待を託された人気作家。7月の就任1年会見では、改革のイメージを「6合目」としたが「かなり後ずさりした」と認めざるを得なかった。
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白シャツに紺色のスーツで酒井健夫学長、沢田康広副学長と会見に臨んだ林理事長。部員の逮捕を謝罪後、口にしたのは、自身や大学の評価への反論だった。
「昨今、旧体制の勢力が残り、私がお飾りの理事長という報道がある。そのような評価をとても残念に感じている」と主張。大学側の報告の遅れは「隠蔽」ではないかと指摘されると「非常に遺憾。(会見まで)期間が必要だった。隠蔽という言葉がどこから来るか分からない」と訴えた。
18年の悪質タックル問題や前理事長の不祥事を受け、昨年7月に女性初の日大理事長に就任。「新生日大」へ改革推進の意思を示したが、今回林氏に情報がどこまで共有されたのかという問題が指摘され続けた。
林氏は「適切な報告は上がっている」「学長と副学長が決めた」などの発言を繰り返した。一方、昨年11月にアメフト部員1人が大麻のようなものを吸引したと自己申告していたことの経緯は「最近知った。私に上がる事案ではないと沢田副学長が認識したと思っている」と述べた。
「学内では自由にものが言える」と強調したが、スポーツ分野は学長らの判断に任せ「(口を出すのは)遠慮があった。教学に任せるべきと思い手をつけられなかった」と告白。「いちばん重い問題がスポーツ分野と(今回の件で)認識した」。日大の一連の問題はアメフト部の悪質タックル問題に端を発したはずだが対応は後手に回った。「後回しにしていたのは事実。もっと積極的にいくべきだったと今は、考えている」。今後、スポーツ分野の体制立て直しに動くという。
「7万人の学生を預かっている。(今回の問題で)急に足もとをすくわれたような気もしたが、もっと1人1人に向き合わないと」と、今さらながら口にした。7月の就任1年会見で、改革は「6合目」と述べたが、この日は「かなり後ずさりした」と認めた。「(ばん回し)一気に7合目まで上りたい」「改革への再出発としたい」とも述べたが、今最も求められるのは真相解明だ。【中山知子】
◆林真理子(はやし・まりこ)1954年(昭29)4月1日、山梨県生まれ。日大芸術学部卒業。コピーライターとして活動した後、1982年のエッセー「ルンルンを買っておうちに帰ろう」がベストセラーに。86年の「最終便に間に合えば」「京都まで」で第94回直木賞を受賞。95年「白蓮れんれん」で第8回柴田錬三郎賞、98年「みんなの秘密」で第32回吉川英治文学賞も受賞。20年には菊池寛賞を受けた。83年から「週刊文春」でタイトルを替えながら連載しているエッセーは20年に「同一雑誌におけるエッセーの最多掲載回数」として、ギネス世界記録に認定されている。

