共和党のドナルド・トランプが1月20日に米大統領に再就任以来、「大統領令(Executive Order)」を多発している。大統領令にサインする映像が何度も流れている。署名1つで連邦政府や軍に命令できる強力な権限で、法律と同じ効力がある。初代のジョージ・ワシントン大統領から発令されてきた。大統領令とは何か。歴史をさかのぼってみた。(敬称略)【笹森文彦】
「Executive Order」とは、直訳すれば「行政命令」。アメリカの行政のトップは大統領なので、「大統領令」とも訳されている。
大統領令は「大統領が議会の承認や立法を待たずに直接、連邦政府や軍に対して出す命令」である。法律と同等の力を持つ。内容が憲法や連邦法に抵触しなければ、議会の審議や承認を必要とせず、自らの署名1つで即座に発効する。大統領の大きな権限である。
勘違いしがちだが、大統領令は国民や民間企業に対して発令されるものではない。
トランプ大統領は先日、「紙ストロー排除に関する大統領令」に署名した。これは国民に対してではなく、政府機関に「紙ストローの使用停止」と「全国的に排除する戦略の策定」を命じたものだった。
大統領令の歴史は古い。1789年1月のアメリカ合衆国大統領選挙で、ジョージ・ワシントンが初代大統領となった。その5カ月後の6月8日に、最初の大統領令が発令された。連邦政府の各省長官宛てで「各分野における合衆国の情勢を完全かつ明確に大統領に報告せよ」だった。
以後、数々の大統領令が発令されてきた。その内容は多岐にわたる。連邦機関の管理規定、人事、新しい政策の決定、資源や環境対策、軍務規定、労働争議の仲裁、テロ対策など。
ジョン・F・ケネディ大統領は約3年の在任中に、214の大統領令を出した。その中に「アラバマ州内での司法妨害と違法な結社の阻止に対する支援の提供」という大統領令11111号がある。
1963年6月に、アラバマ大学に入学を認められたアフリカ系アメリカ人2人が講堂に入ろうとした際、人種差別を公約とするアラバマ州知事がドアの前に立ちはだかる事件が起きた。白人至上主義者らの暴力が懸念されたため、ケネディ大統領は大統領令を発令。アラバマ州兵を連邦化し、知事に退陣を迫った。事件は米アカデミー賞作品賞を獲得した映画「フォレスト・ガンプ」で描かれ、ボブ・ディランの「時代は変わる」で歌われている。
そのケネディ大統領が同年11月22日に暗殺されると、副大統領から昇格したリンドン・ジョンソン大統領が、わずか7日後に大統領令を出し、事件を調査するウォーレン委員会が設立された。即応性が際立つ発令だった。
大統領令は迅速かつ効果的な手段だが、乱用の懸念もある。それを防ぐため、議会や司法の監視を受ける仕組みも存在する。
ジョージ・H・W・ブッシュ大統領が出した大統領令「胎児組織バンクの設立」は、保健福祉省長官に発令されたものだが、議会が反対する法律をつくり無効となった。
ハリー・トルーマン大統領が1952年4月に発令した大統領令は、朝鮮戦争中の全米鉄鋼労働組合のストライキに対処するため、鉄鋼生産施設を強制的に接収することを目的とした。しかし、連邦最高裁判所が「大統領には、議会の承認なく民間企業を接収する権限はない」として違憲と判断した。司法の監視の重要性を示した。
アメリカは共和党と民主党が2大政党で、政権が変わるたびに前大統領の大統領令が撤回、変更される。トランプ大統領が初当選した時、民主党のオバマ前大統領の大統領令をことごとく撤回した。そしてトランプ→バイデン(民主党)→トランプと政権が変わった際も、それぞれが前大統領の大統領令を撤回し、政策転換した。
こうした“やり合い”は今に始まったことではない。例えば人工妊娠中絶をめぐっては、共和党は禁止、民主党は権利擁護と立場が完全に違い、政権交代のたびに大統領令の撤回、取り消しが今も続いている。
議院内閣制の日本では、石破茂内閣が30年ぶりの少数与党となり、野党の協力なしに政策を実現できない苦境にある。
大統領制のアメリカは、議会が野党優勢となったねじれ状態の場合、大統領が大統領令を頻発して政策を推進するケースも多い。
いずれにせよ、大統領令の連発や撤回合戦は、旧来の伝統や考え方を尊重する保守派と、自由や革新を重んじるリベラル派に大きく分かれた「アメリカ社会の対立と分断」の1つの象徴とも言える。
トランプ大統領は2期目も数々の大統領令を出し、偉大な大統領としてアピールしている。同大統領はもちろん、すべての大統領にとって、大統領令はまさに「Trump」(トランプ=切り札)なのだろう。
<大統領令アラカルト>
▼3721本 第32代の民主党フランクリン・ルーズベルトの大統領令の総数が歴代最多。ルーズベルトは世界恐慌、第2次世界大戦など苦難の時代に政党を超えて支持された。大統領は2期8年という慣例を破り、4期途中で死去するまで在任期間は12年39日(4422日)に及んだ。任期の長さと差し迫った時代背景で数は当然多い。2位は民主党ウッドロウ・ウィルソンで1803本。第1次世界大戦下が多い要因。
▼0本 第9代のホイッグ党ウイリアム・ハリソンは、大統領令を出さなかった。1841年3月4日に就任したが、肺炎のため同4月4日に死去した。在任期間32日は歴代最短。
▼奴隷解放宣言が第1号 大統領令には「○○○○号」と番号が付けられているが、初期にはなかった。1907年に国務省が記録化のため、番号を付ける制度を導入。1862年9月22日に第16代の共和党エイブラハム・リンカーンが発令した「奴隷解放宣言」にさかのぼって「大統領令1号」とされた。
▼大統領覚書(Presidential Memorandum) 大統領令とは違う命令方法。大統領令は法的根拠の明示、連邦官報への記載などが必要だが、覚書には必要ない。両者は同じ効果を持つとされ、覚書を多用する大統領もいる。他に方針表明や記念日制定などの「大統領布告」がある。
■プーチンら他国も発令
大統領制の他の国にも「大統領令」はある。ロシアのプーチン大統領は22年に「非友好国の投資家による株式取引の禁止」「非友好国への債務のルーブル返済を認める」などの大統領令を出している。アルゼンチンのミレイ大統領は23年末に「規制緩和など経済立て直しに向けた大型改革」の大統領令を出している。フィリピンのマルコス大統領は24年3月に、中国を意識した大統領令「海洋安全保障の強化」を出し、国家海事評議会を新設した。
韓国の尹錫悦(ユン・ソンニョル)大統領が24年12月に出した「非常戒厳令」は、大統領が宣布した命令だった。フランス、ブラジル、ペルー、メキシコなども大統領令がある。

