7月の開催だっただろうか、取材の合間に山田信大調教師(51)から声をかけられた。
「あれ、そろそろじゃない?」。23年9月に調教師での300勝に到達した師は「次は騎手と調教師を足して2000勝を達成したい」と話していた。公式には発表のない区切りの勝利が迫り、カウントダウンを開始。8月の開催でリーチをかけ、9月30日の船橋3Rをケイズブランが勝ち、騎乗した篠谷騎手とともに“2000”ポーズでの記念撮影を果たした。
「やっぱり2000勝はすごいことだなと思っていたから」と騎手で達成したかったが、大台には届かず1613勝。「乗り馬が少なくなったのと、もらい事故ばっかりで怖くなったのと。そうなったらもうだめだった」と15年3月で調教師に転身。それから10年で残りの387勝を挙げた。
これまでの一番の思い出には「羽田盃のトキノコジロー」と快勝を挙げた一方で「負けた東京ダービーのトキノシャンハイは一生の悔い。慌ててしまった」と首差の惜敗も。騎手時代には新潟所属で重賞15勝、移籍後の船橋所属で重賞10勝を挙げた師。次に目指すのは調教師での400勝と重賞初制覇だ。【牛山基康】



