ミックファイアが引退した。管理した渡辺和師が毎回のように発信してきた言葉通り“最後の南関東3冠馬”の現役生活は常に裂蹄と隣り合わせだった。
その症状を最初に聞いたのは3歳初戦に予定していた2月の雲取賞を回避した時。ひづめにかかる負担を軽減するため、大井競馬場の本厩舎からウッドチップの坂路があるミッドウェイファームの認定厩舎に移動した。まさかの事態だったが、その対応と、結果的に5月の羽田盃からの始動となったことで、ひづめの保護だけでなく体力も温存。6月の東京ダービー、7月のジャパンダートダービーと開催が集中していた南関東3冠を戦い抜いた。
その後、本厩舎に戻ってからも特に冬場は裂蹄との戦いが続いた。ただ、古馬になってからの最小着差は4歳時にフェブラリーSの7着で記録した0秒8差。南関東3冠を達成したのが時計のかかる現在の砂に替わる前の大井競馬場だったことを考えると、あの時計の出る東京競馬場が舞台のフェブラリーSを裂蹄の不安なく迎えていたら…。そう思わざるを得ない。
いよいよ種牡馬入り。渡辺和師は「心残りは古馬になってから勝たせてあげられなかったこと。だけど、夢の続きをもらえたので、その無念を子どもたちが晴らしてくれれば」と産駒にも期待する。「子どもたちに受け継いで欲しいのは爪以外」と苦笑い。「あとは気性ももうちょっと穏やかに、というのはありますけど」。うるさかったパドックでの姿も、今となってはいい思い出だ。【牛山基康】



