“フェッスー”は永遠に-。10年宝塚記念制覇、凱旋門賞2着のナカヤマフェスタが8月23日に、衰弱による起立不全のため20歳でこの世を去った。今回の「ケイバラプソディー」では桑原幹久記者がけい養先の「うらかわ優駿ビレッジAERU」を訪問。献花台に手を合わせ、残る功労馬3頭を追った。
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曇天から一筋の光が差した。凜々しくも愛くるしいナカヤマフェスタ生前の表情を映したパネルが、馬房の窓から照らされた。訃報から一夜明けた8月24日正午ごろ、設置間もない献花台へ記者は手を合わせた。牧場側がSNSで周知する前から、多くのファンが姿を見せた。北海道在住の女性はナカヤマフェスタの現役時の勝負服と同じ赤、白、青の花を手向けた。「突然で本当に悲しいです。4頭の関係性が大好きで…」。涙があふれ出た。
「AERU」ではナカヤマフェスタをはじめ24歳のスズカフェニックス、23歳のマイネルキッツ、21歳のオウケンブルースリと計4頭のG1馬が余生を過ごす。ナカヤマフェスタは種牡馬引退後の23年9月に仲間入り。田村浩一支配人は「ステイゴールド産駒で現役時は荒い性格だと聞いていましたが、うちではそんなことなくて。現役当時の厩舎スタッフの方が会いに来られた時も『本当にフェスタなの?』と驚くほどでした」と振り返る。ウマ娘効果もあり人気は一番。馬房の柵や壁にかけられた御守りの数は、4頭中で最も多かった。
日ごろの世話は複数人で担当。そのうちの一人、乗馬課の古山侑奈さんは「フェスーやフェンちゃんと呼んでいましたよ」と懐かしむ。「ウォーキングマシンを嫌がって動かなかったり我の強さはありましたけど、人に対して優しくて甘噛みで服をハムハムやってきたりしましたね。放牧の終わり頃に出口の前で首を振ったり横に揺れたりして『帰りたいよ~』とアピールして待ってくれるんです。かわいいですよね」と笑った。ぽっかりと空いた馬房はきれいに掃除されていた。「いつもいたところにフェッスーがいないと寂しいですね」と声を落とした。
記者が同牧場を訪れる当初の目的は、競馬好きになるきっかけの馬であるスズカフェニックスに4年ぶりに会うため。偶然重なったナカヤマフェスタの取材を終えた後、放牧地へ向かった。「スズカは一番年上ですけど末っ子気質。いつもオウケンと一緒に動いています。キッツは長男坊タイプ。一番落ち着きがありますね」と古川さん。草を食べたりぼーっとどこかを見つめたり。都会にはない、ゆったりとした時を刻む3頭の様子を1人で見ていたら、あっという間に1時間ほどたっていた。
「推しは推せる時に推せ」。誰が言ったか分からないが、そんな言葉を強く実感した。【桑原幹久】







