高原のねごと

幻の「巨人星野監督」オファーは3年総額40億円?

1月22日は闘将・星野仙一さんの誕生日。生前の星野さんから聞いた衝撃的な告白を記します。

星野仙一氏(2017年2月13日撮影)
星野仙一氏(2017年2月13日撮影)

「闘将・星野仙一」に巨人から監督就任のオファーが届いているという情報が駆け巡ったのは05年のことです。堀内恒夫監督の2年間で3位、5位。02年以来、優勝から遠ざかって球界の盟主・巨人としては低迷期に入っていたとされる頃です。

巨人の渡辺恒雄オーナーが、当時阪神で「オーナー付シニアディレクター(SD)」というフロント職に就いていた星野さんにチーム立て直しを目指して白羽の矢を立てたという構図でした。

最初に聞いたときは信じられない思いでした。電話で直接聞いてみると「言えんなあ」とはぐらかす星野さん。思わず記者という立場を忘れて「これまでの流れを考えれば巨人の監督になるのはさすがに勘弁してほしいですけどね」と言ってしまいました。

すると星野さんは一瞬、真面目な声で「オレの人生やないか。ほっとけ!」と言ったのです。これはかなりのレベルまで話が進んでいるのかな、とドキドキしたものです。

結果的にこの話は流れました。理由はいろいろあったでしょうが、私が耳にしたその1つは監督をやるからにはコーチなどの人事をすべて握りたい星野さんと巨人サイドの思惑が一致しなかったというものです。

とにかく「巨人星野監督」は幻に終わりました。その後、星野さんは北京五輪監督、そして楽天監督に就任、その巨人を破って日本一に輝いています。

それだけではありません。楽天監督を勇退すると球団の取締役副会長という要職についたのでした。あれは15年か16年だったでしょうか。阪神との交流戦で仙台のスタジアムを訪れたときのことです。スタジアム内に設けられていた「副会長」専用の部屋に通してもらい、お茶を飲んでいました。そこで星野さんは思い出したようにこんなことを言ったのです。

「おまえ、ずっと前に巨人の監督どうこう聞いてきてたよなあ? 今やから言うてもええと思うけど、あのときな、契約金10億円、年俸10億円の3年契約、併せて40億円でどうですか? っていう話やったわ」

正直、度肝を抜かれました。「そうなんですか。そらあ、ごっつかったですね…」としか返せませんでした。今となっては真相はやぶの中ですが衝撃を受けたのは忘れられません。

1月22日は星野さんの誕生日。生きていれば74歳になっていました。健在なら、一体、何をして球界を驚かせていただろう。そんなことを思うと、やっぱり少し早いお別れだったな、と感じるのです。(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「高原のねごと」)

取材生活30年を超える古だぬき記者。吉本興業から宝塚歌劇団、あるいはヤバい人たちの取材から始まり、プロ野球ではイチロー日本一(96年)星野阪神V(03年)緒方広島連覇(17年)などの瞬間に立ち会った。日刊スポーツ大阪本社編集委員。

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