夜空には満月。月下の甲子園のマウンドに輪ができていた。それは8回表のことだった。6回裏に6点を刻み、久しぶりの大勝ペースにベンチの監督、岡田彰布が動いた。
3番手の加治屋につないで2死を取ったところで岡田がベンチから出た。スタンドがざわついた。「ここで投手交代?」。右翼後方からリリーフカーに乗って出てきたのはルーキーの石黒だった。
ドラフト1位の下村でも2位の椎葉でもない。今シーズン、阪神の新人が初めて1軍デビューした。それがドラフト5位の投手だった。これにスタンドは即座に反応した。大きな拍手、大きな歓声…。石黒は車を降り、ラインを踏まないように、大回りしてマウンドにやってきた。
待っていたのは先輩野手のやさしい笑顔だった。大山、中野らが石黒を囲む。言葉をかけた。うなずくルーキー。ほほ笑ましい光景だった。
対戦した広島の石原にヒヤッとするファウルを打たれたが、最後はショートゴロに取った。たった1アウトだったが、うれしいプロ初登板になった。
その直前にも岡田らしい起用があった。6回で先発の西勇を降ろし、7回のマウンドに富田を上げた。富田といえば前日(20日)の試合、リリーフで四球からバント処理をミスして敗戦の原因を作った。悪いイメージを早く払っておきたい。そのために楽な展開になったところで、岡田は富田を「連投」させた。
こういった起用法をこれまで、したくてもできなかった。とにかく今シーズン、阪神のゲームに「大勝」「大敗」はほとんどなかった。勝つにしろ負けるにしろ、いつも僅差のせめぎあい。ホッと息つける展開がないから、投手の起用は限定的なものになっていた。
「ウチには敗戦処理の投手はいない」。岡田はそう言っていた。ブルペンの強さを示すコメントだったが、長いシーズン、時に起きる大勝、大敗のゲームがあってこそ、新たな戦力を試すことができる。そういうことの積み重ねで長丁場を乗り切る。だから1試合も無駄にはできない。
先に書いたようにルーキーを見守る先輩たちのやさしいまなざしは本当に印象的だったし、そこに「チーム」を感じた。こういうことも岡田の狙いの中にあった。
「ストレス? そらたまってるわ」と苦笑いしていた。そんなヒリヒリする毎日の中で訪れた安心安全のひと夜。これで区切りを迎えた。ルーキーを使い、やられた投手をすぐさまマウンドに送り、久しぶりの快勝で貯金1で勝負の後半戦に挑むことになった。
思えば1985年、当時の監督、吉田義男が優勝のポイントになったゲームを球宴前の最後の勝ちと振り返っていた。勝てば3ゲーム差、負ければ5ゲーム差のゲームを取った。「あの勝ちでいける! となった」。吉田の述懐のように、今年も勝って首位とのゲーム差は3・5のままにした。「あの7・21の勝ちがあったから…」と思い返せる1勝になるかもしれない。【内匠宏幸】(敬称略)(ニッカンスポーツ・コム/野球コラム「岡田の野球よ」)




