先天性難聴は個性、松阪商・松山はピンチで力/三重

  • 「全力投球」「覇気」と書き込まれた帽子を見せる松阪商のエース松山

<心の栄冠>

<高校野球三重大会:松阪商12-1松阪工>◇12日◇県営松阪野球場

試合の裏に、高校野球ならではのドラマがあります。「心の栄冠」と題し、随時紹介します。

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ピンチで動じない。松阪商のエース松山心投手(3年)が躍動するのは走者を背負ったときだった。2点リードした4回も満塁の窮地だ。駆け寄る捕手の山路空(3年)に身ぶり手ぶりで言われた。「真ん中でいいから思い切り投げろ」。腹をくくった。「点を取られたくなかった。思い切り投げて抑えるだけ」。三振に抑えた。

右耳に補聴器をつけながら投げた。生まれつき左耳は聞こえず、右耳でわずかに聞き取る。最速141キロの速球で押す。先天性難聴は、関係ない。5回1失点で初戦突破に貢献。7奪三振中、得点圏に走者を背負って6三振を奪った。

小、中学は三重県立聾学校に通い、松阪ボーイズで硬式野球と出会った。同校は高等部もあるが「自分は高校野球をしたかった。甲子園に行きたい思いがあった」と明かす。親も松阪商への進学を止めなかった。父佑さん(37)は言う。「自分で決めたこと。障がいで壁に当たれば、自分で破れと。私はドシッと構えました。いま、楽しそうにチームでやれています」。

普通の子として育ててきた。友だちとケンカしても見守った。見方次第で世界は変わる。ハンディキャップも個性。普段、松山に手話を教えてもらう山路が「ピンチで松山の力が出た」と言えば、北村祐斗監督も「相手に向かっていく姿勢がある。マウンドで動じません」と認める。

勝っても松山の表情はさえない。4四死球が引っかかる。「練習不足。正直、あまり良くなかった」。コロナ禍の中で迎えた最後の夏。「(夏の甲子園が)なくなったのは悔しかった。県大会で頑張ろうと」。目の前を全力で生きる。【酒井俊作】

◆松山心(まつやま・しん)2002年(平14)10月14日、三重県松阪市生まれ。三重県立聾学校を経て松阪商へ。日本ろう硬式野球協会の日本代表に選出されたが、今年8月の国際大会はコロナ禍で中止になった。178センチ、82キロ。右投げ右打ち。家族は父と妹。