日本シリーズの取材を終え帰京した。日本ハムが日本一を決めた第6戦の29日は、日をまたぐ直前の午後11時50分ころ原稿を終え、マツダスタジアムを離れた。

 関係者入り口のすぐ左に、緑のシートで覆われた一角がある。そこから一定間隔で、フルスイングの打球音が響いてくる。2勝4敗で選手権を逃したカープの選手たちが、打ち込みをしていた。シートに耳を当てているカープ女子。隙間からのぞく少年。夢の時間が終わってもう、練習をしている。広島らしい光景があった。

 普段は東日本を拠点に取材している。CSからマツダスタジアムを訪れる機会が多かったが、このチームが醸造してきた独特の文化に驚いた。新井貴浩内野手(39)に聞いてみた。

 新井を取材するのは初めてだったが、彼は非常に礼儀正しく、人間性がプレーに反映されているのだとすぐに分かった。

 -カープの選手、朝の球場入りが早くないですか?

 言われてみれば確かに、早いかも知れません。昼前には全員、球場にいます。みんな、それぞれの練習をしています。主力の丸や菊池でも、朝10時ころには汗だくでマシン打撃をしてますよ。疑問に思ったことはないですね。若い頃から当たり前、カープの伝統です。1日の中で、野球に向き合っている時間が、他のチームよりも長いんじゃないかと。僕はいいと思いますね。

 -車で通勤している選手がいないんですけど…

 シーズン中にハンドルを握る機会はないですね。マイカーは使わないんです。オフは家族を乗せたりしますけど。移動は公共交通機関か、あとはタクシーチケットっていうんですか? 今、あまり使っている方って、いないと思うんですけど。どうして…昔からです。これも、朝早いのと一緒で、疑問に感じたことはないですねぇ。危ないからじゃないですか。別に不便を感じることもないです。選手から不満が出ることもないですよ。

 高級車を吹かして球場入りする。プロ野球選手のステータスを象徴する絵は広島に存在しない。ナイターが長引いた翌朝も「早く来るのは変わらない」と新井は言い、逆にキョトンとしている。自分たちにとって当たり前の事に、なぜ興味を示しているのだろう。そんな顔をしていた。固定観念は害だ。

 野球だけに没頭する毎日が力を蓄える。だから生え抜きの選手が絶えず芽吹いて、花開くのだろう。“カープの法則”にのっとり、あと2勝分の努力を上積みさせるために、もうバットを振り込んでいたのだろう。来季も強そうだ。【宮下敬至】