ありがとう、ランディ-。今季限りでの現役引退を表明した阪神ランディ・メッセンジャー投手(38)が18日、兵庫・西宮市内のホテルで引退会見を行った。

甲子園のマウンドの問いかけに号泣。5年連続を含む6度の開幕投手を誇りに、打倒巨人に燃えた10年間だった。9月29日の中日戦(甲子園)で外国人選手では異例の引退試合を開催。最後の先発マウンドに上がる。

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メッセンジャーは愛着のある背番号54のユニホーム姿で現れた。「オツカレ。サヨナラ」。日本語で冗談を飛ばして引退会見は始まったが、ある問いかけに言葉が詰まった。甲子園のマウンドとは? 198センチの大男は肩を丸め、目線を落とした。こらえ切れない。1分間の沈黙。涙があふれた。「本当に大きな意味を持った場所だった」。振り絞るように言った。

5年連続を含む6度の開幕投手を務めた。17年8月には打球直撃で右足腓骨(ひこつ)を骨折。手術を受け、箇所にプレートとボルトが入ったまま、執念でCSに登板した。そんなタフな男が早すぎる決断を下した。「いつかこの日が来るというのは分かってはいたけど、本当に想像していた以上につらいというか、寂しい。本当はまだ、やりたいという気持ちもありますけど、自分の体、腕が『もう潮時だ』と言っている。今がその時かなと思った」。今季から日本人選手扱いとなったが、開幕から3勝止まり。7月中旬からは2軍生活が続いた。右肩治療で米国へ一時帰国するなど、体は悲鳴を上げていた。

NPB通算100勝まであと2勝だった。「勝敗がつかずという試合が80ある。その中で、2つでいいので勝ちに戻ってくれたら」。勝負にこだわった男は冗談交じりに悔しい胸の内を明かした。猛虎のエースらしく、一番の思い出に「G倒」を挙げた。14年のCSファイナルステージ。宿敵巨人に敵地で4連勝し、日本シリーズ進出を決めた。「本当に印象に残っています。ライバルのジャイアンツ相手に好投できた日、特にそれが甲子園でできた日というのは最高の瞬間だった」。打倒巨人の宿命を誰よりも理解していた。

今後はひとまず米国で休息を取る。「奥さんをはじめ、家族、子供たちとの時間をまずは、じっくり楽しみたい」。少し野球から距離を置き、セカンドキャリアについて考える時間をつくる。タテジマのラスト登板は29日、中日戦(甲子園)。外国人選手では異例の引退試合開催が発表された。先発でマウンドに上がる見通しだ。「皆さんに覚えてもらえるような、心に残るような投球をしたいと思います」。愛した甲子園のマウンドで、最後の勇姿を刻む。【奥田隼人】

▽阪神藤原球団オーナー(現役引退のメッセンジャーについて)「本当によく頑張ってくれた。よくここまで力を発揮してもらった。みんな、感謝しています」

▽阪神福原投手コーチ(メッセンジャーに)「(自らが)現役の時からエースで長いイニングを投げ、中継ぎで助けられた。本人も常に、完投という気持ちはあったと思う。今は本当に『お疲れさま。ありがとう』という気持ち。(29日先発は)それが一番、いいのかなと思う」