新型コロナウイルス禍から立ち直りを図るプロスポーツ界で「投げ銭」システムが注目されている。Jリーグや男子バスケットボールのBリーグなどでは昨季までに導入したチームも多いが、野球界にはまだ浸透していない。チームや選手とファンが双方向で交流する、新たなコミュニティー構築を目指して18年2月に設立されたエンゲート(本社・東京)に話を聞き、知られざる世界に「潜入」した。【取材・構成=酒井俊作】

   ◇   ◇   ◇

最近、日本スポーツ界で「投げ銭」という言葉を見聞きする。ナニソレ? 俺よう分からん…。そんな声も届く。普段、取材するプロ野球は延期され、記者も在宅勤務が続いてきた。なんだか自宅でもできそうだし、ならば、潜入開始だ。

調べると、いろいろ見えてくる。「投げ銭」はインターネットでユーザーが金銭や金銭に準じるギフトを提供するもので、サイト上のボタンをクリックすることでデジタルギフトを贈れる。コロナ禍で活動自粛中もJ1湘南、B1横浜などがオンラインイベントを行い、ファンと交流した。

じゃあ、どんな仕組みなの? 34チームで「エンゲート投げ銭」を運用するエンゲートの城戸幸一郎社長は「プレーを見ながら、ファンは選手やチームにギフトを贈れます。その場でスマートフォンを使って簡単に贈れる。ファンとチームの絆を深める入り口だと考えています」と話した。

同社ではウェブサイトを用いて、まずクレジットカード決済でポイントを購入。サイト画面のボタンを押せば、該当ポイントがデジタルギフトとしてチームや選手に届く。

野球で見てみよう。球界で数少ない導入例の独立リーグの四国IL・徳島では以下のような約30種類のギフトを用意。応援するユーザーは試合展開に応じてボタンを押すだけだ。

FIGHT 10pt

盗塁 100pt

三振! 300pt

ヒット! 300pt

150km!! 500pt

ホームラン 3000pt

サヨナラ 1万pt

歴史的大勝利 3万pt

※1pt(ポイント)=1円

つまり、選手のプレーに魅了されたファンがギフトを贈れば、その瞬間、卓越した技術がそのまま対価となるのだ。ギフトは10円から用意され、子どもも親と楽しめる。城戸氏は「収益の生かし方は各チームの判断です。選手に分配しているチームも多くありますし、ユースの強化資金に充てる使い道もあります」と説明した。ファンがチームを支える「新しい形」はすでに稼働中。コロナ禍以降、ユーザーも急増し、B1で1カ月に約40万円の「ギフト」が届く選手も現れた。

寄付なのかな? 思い出すのがプロ野球広島の草創期だ。経営難の球団を、球場入り口で寄付を募る「たる募金」が救った。この話題には城戸氏が首を振る。

「寄付とはまったく違いますね。私たちはチーム、選手とファンの新たな交流の場を提供しているということです。SNS型のスポーツギフティングで、エンターテインメント要素を重視しています。選手から直接、お礼のメッセージが届くこともあります」

双方向性が同社の特色だという。ユーザーには、累積ポイントに応じてチームによってさまざまな特典がある。人気はメッセージ動画だ。受験、結婚などで、お目当ての選手から動画のエールが届くもの。また、24時間使えるほか、投稿機能でファン同士の一体感も生まれる。

スポーツ界の「投げ銭」に潜入して思ったことがある。プロ野球には保守的な風潮もあるからか、なじみがない。無観客で開幕し、7月10日以降の観客入場を解禁する方針だが、入場料収入の激減は確実。プロ野球にとって新たな収益モデルになる可能性もあるし、何よりもファンにとって新たな交流の場が増える利点は魅力だ。

球界も新たなツールとして模索してみてもいいのではないだろうか。プロスポーツ界に新たなトレンドが生まれる予感も漂う。5Gオンライン社会が進む近未来の応援スタイルになるかもしれない。

◆主な投げ銭 ライブ配信サービス「SHOWROOM」は13年11月に前田裕二氏が設立し、アイドルなどの人材発掘の場として人気を集める。また「17Live」は日本トップ級のライブ配信アプリだ。全世界で4200万人のユーザーを持ち、日本を代表するアスリートのライブ配信を5月30日に開始。16年リオデジャネイロ五輪卓球銀メダリスト水谷隼が登場した。スポーツエンターテインメントアプリ「Player!」ではJリーグ鹿島が5月16日にオンラインイベントを実施。過去の名勝負を有力OBが振り返る企画で1万円を超える投げ銭をするファンも目立った。政府の専門家会議が提言した「新しい生活様式」の実践例として「娯楽、スポーツなど」の項目で、歌や応援は十分な距離かオンラインと記される。公衆衛生上の観点からも需要は高そうだ。

◆デジタルギフト例 さまざまな試合状況が発生し、プレーの静止時間が長い野球は「投げ銭」しやすいスポーツといえる。エンゲート投げ銭では、以下のような例もある。

LIKE 50pt

絶対勝つ! 50pt

BooBoo 50pt

どんまい 100pt

NICEPLAY 100pt

MVP 300pt

DOUBLEPLAY 300pt

逆転! 3000pt

HappyBirthday 5000pt

また、多くのスポーツが同社のサービスを導入。ハンドボールの湧永製薬やアイスホッケーのアイスバックスなどが参画。それぞれの種目に応じた多様なギフト例がある。各チームは収益をチーム運営や地域貢献などにあてている。