雪原を走るはずの犬ぞりが、溶け出した海水をジャバジャバとかき分けて進む。グリーンランドの異常気象を報じるニュース映像は記憶に新しい。

「北の果ての小さな村で」(27日公開)の舞台は、そのグリーンランドの人口80人の村チニツキラークだ。日本の6倍の広さに5万6000人が済むグリーンランドは、53年までデンマークの植民地だったが、79年に内政自治権を獲得。独立を目指している。

映画はそんな微妙な状況を背景に、小さな村に赴任したデンマーク人教師の目を通して、忘れがちになっている「自然や生き物への敬意」を再認識させてくれる。

28歳のアンダースはデンマークで7代続いた大規模農家の跡取りだ。家業の大切さは分かっているが、農業が天職とは思えない。いわば「自分探し」のためにグリーンランドの小さな村に小学校の教師として赴任する。

極寒の気候に加え、言葉も習慣も異なる10人の生徒を相手にした教員生活は、そんな中途半端な思いで向き合えるほど甘くはなかった。瞬く間に学級崩壊が始まる。

無断で1週間欠席している生徒の元を訪ねると、祖父と犬ぞりで狩りの旅に出たという。「デンマークではあり得ない」。アンダースは怒りさえ覚えるが、いや応なく村の人々と接するうちに「狩りの旅」には本質的な教育の意味があることを知り、大自然に敬意をはらう姿勢にしだいにひかれて、自分の「上から目線」を恥じるようになる。

無用と思っていた現地語を学び、心を開くに従って生徒たちもなついてくる。犬ぞり旅に同行したアンダースは、シロクマに照準を合わせた絶好の機会に「子グマの姿が見えたから」と銃を下ろす老ハンターを目の当たりにして、自然との共生の本質を知る。

アンダースは本名。映画そのままに現地に赴任した教師で、村人たちもすべて本人が演じている。フランス出身のサミュエル・コラルデ監督得意の「ドキュフィクション(ドキュメンタリー的要素の詰まったフィクション作品)」である。4年前にグリーンランドを訪れて以来、ロケハンを重ね、アンダース本人と出会って構想を固めたという。アンダースは今もこの村で教師を続けているそうだ。

雪原の中にレゴで作ったようなカラフルで小さな家が寄り添う集落。犬ぞり旅ではシンプルなようで、よく見れば複雑な雪と氷の造形が次々に現れる。過酷な気候の中で風景はあまりに美しい。

異常気象にさらされているであろうこの村は今どうなっているのか。【相原斎】