男子短距離にとんでもない新星が現れた。片下腿義足のT64クラス100メートル決勝で、井谷俊介(23=ネッツトヨタ東京)が100、200メートルのアジア記憶保持者・佐藤圭太(26=トヨタ自動車)を破って優勝した。

 「2位だと思っていました。満足な調整ができていなかったので、スピード練習のつもりで出場したんです。そもそも、調整がどういうものか分からないものですから」。井谷自身が戸惑いを隠せなかった。スタートで体が揺れて警告を受け、スタンディングに切り替えた。向かい風もあったがタイムは12秒05。日本のトップに君臨する佐藤に0秒02先着した。

 陸上を始めたのは昨年11月末。今回が2度目のレース出場だった。しかも、デビュー戦だった5月の北京GP100メートルで優勝はしたものの、義足を履く右大腿(だいたい)裏に肉離れを起こし、それ以降は満足な練習ができていない。それでもデビュー2連勝を飾っしまった。

 三重・津田学園高までは野球に打ち込んだ。東海学園大入学後はプロのカーレーサーになることを目指してカートレースなどに参戦していた。16年2月、大学3年の時にオートバイ事故で右膝下から切断。自分以上に落ち込む家族や友人のために義足でスポーツに取り組んで20年東京パラリンピックを目指すことを決意し、三重県内の陸上クラブを訪ねたのが走り始めるきっかけになった。

 今年4月にネッツトヨタ東京に就職し、上京した。レースで知り合ったプロレーサーの脇阪寿一(45)が東京での父親代わり。その脇阪の紹介で現在はスポーツトレーナー仲田健氏(49)の下で練習を積む。仲田氏が指導する山県亮太(26)、福島千里(30)の走る姿を間近で見て、アドバイスをもらえることが大きな刺激になっている。

 「陸上は素人なので、まだすべてに自信がありません。でも、東京パラリンピックに出てメダルを取りたい。日本人が世界に通用することを証明したい。だから今はレーサー活動を休んで陸上だけです」。キャリアは7カ月余り。100メートルしか練習していない。そんな井谷を仲田氏は「とにかく何をやってものみ込みが早い。でも、あまり調子に乗らないようにしないと」と笑顔で見守っている。この異色のスプリンターの3戦目は7日からのジャパンパラ陸上(群馬・前橋)になる。【小堀泰男】

 ◆井谷俊介(いたに・しゅんすけ)1995年(平7)4月2日、三重県尾鷲市生まれ。津田学園高時代は野球部の投手。3年夏の県大会は肩の故障でベンチを外れた。東海学園大ではカーレース活動とアルバイトに没頭。レースで知り合ったネッツトヨタ東京関係者にプロのカーレーサーと陸上で20年東京パラリンピックを目指す夢を企画書として提出し、就職が決まった。練習でのベストタイムは手動で11秒60。179センチ、69キロ。