サッカー女子日本代表で活躍した永里優季選手(33)が、前代未聞の男子チームでのプレーを選択した。

神奈川県2部リーグに所属する厚木市を拠点とする「はやぶさイレブン」。J1から数えて「8部」に相当する。ここに米女子サッカーリーグ(NWSL)のシカゴ・レッドスターズからのレンタル移籍でプロ契約、選手登録が整う10月から12月までの3カ月の期間限定となる。

■12月までのレンタル移籍

神奈川県2部の「はやぶさイレブン」への入団会見に臨んだ永里優季(中央)は、妹の亜紗乃(左)と兄の源気とユニホームを手に記念撮影
神奈川県2部の「はやぶさイレブン」への入団会見に臨んだ永里優季(中央)は、妹の亜紗乃(左)と兄の源気とユニホームを手に記念撮影

はやぶさイレブンは元Jリーガーの阿部敏之氏が監督を務め、元日本代表の永井雄一郎選手も在籍。2025年のJリーグ加入を目標に掲げ、2019年に立ち上がったばかりのチームだ。

そもそも女子が男子の中でプレーできるのか? と誰もが思うが、日本サッカー協会の規約上、性別に規約はない。これまでも男子社会人の「1種」に登録する女性選手はいた。ただ、永里選手のような女子のトッププロの選手が“ガチ”でプレーすることは国内では初めてだろう。10日に厚木市内で行われた会見では、男子チームにチャレンジするに至った考えを、永里選手が自身の口で説明した。

小学生時代から男子に交じってプレーすることが夢だったこと。米国へ渡ってプレーするうちに男女の社会的格差を訴える選手の姿に感銘を受けたこと。多様化する時代にあって、女性ももっと自由に挑戦できるというメッセージを打ち出したいこと。アスリートが持つ価値を社会に還元したいということ。そして自分を育ててくれた地元・厚木市への感謝、さまざまな思いが1本の大きく太い幹となり、自身の背中を押した。

話題性は十分すぎる。ただ、クラブ側が描いたシナリオではない。今回のレンタル移籍には、クラブの宇野陽(あきら)代表も「こんな小さな街クラブに…、衝撃的だった」と驚く。コロナ禍でNWSLが今季が短期開催で終了したこともあり、永里選手側からの提案だった。

■兄、妹も同じクラブ所属

はやぶさイレブンには、元Jリーガーで兄の源気さんが現役選手として、元なでしこジャパンのメンバーで現役を引退している妹の亜紗乃さんはフットゴルファーとして在籍し、活動している。3きょうだいがそろい、今回の真相について言及した。

源気さん (7月に)アメリカの大会が終わった後に“私も(はやぶさイレブンで)チャレンジがしたい”と言ってきた。これが思いつきで、燃え尽きた後に男子でやりたいというのなら、ここまで協力はしなかった。技術的には大丈夫だと思うけど、フィジカルの部分での問題が大きくなってくると思う。ただ“永里優季ならできちゃうんじゃないか”というのもある。僕はどちらかと言うと、そっち(できる)の方が大きい。

亜紗乃さん 小学生の時に将来の進路を書くことがあって、そこに(姉は)堂々とJリーガーと書いてあった。“ええ~っ、あなた女だよね”って(笑い)。でも心のどこかに(夢のことが)あったので、やっと1歩踏み出せたと思ったから、びっくりしなかった。良かったね、というのが大きい。この挑戦が通用するかしないかは、私的にはどっちでもいい。通用しなかったらしなかったで、その後にどうしていくのか? また(先に)道ができるし、チャレンジできる環境がそろったことが喜ばしい。

壇上で3きょうだいが並び、話す内容は、どれも興味深いものばかり。互いの信頼感が伝わった。そんな安心感からだろう、永里選手は「3人になったら生み出されるパワーが違う。3人で協力し合って、共通の目的意識があるのが幸せ」と漏らした。思わず、聞いているこちらの表情もやわらいだ。

■「社交的で明るくなった」

2011年9月4日、そろって笑顔を見せる永里優季(右)と亜紗乃の姉妹
2011年9月4日、そろって笑顔を見せる永里優季(右)と亜紗乃の姉妹

源気さんが「2人の妹がいたからこそ今も現役でいられる」と語れば、末っ子の亜紗乃さんは「くそ真面目な兄です」と笑わせる。

そして亜紗乃さんの続けた言葉が印象的だった。

「昔の姉は内面的には内にこもるタイプだった。それが海外へ出て、いろんな国の人と出会うことで必要なコミュニケーションをどんどん吸収していった。性格的にもすごく社交的で明るくなったし、いつも笑顔でいる」

すると、源気さんも「ドイツにいる時までは“永里優季を演じていた”ように思う。アメリカに行ってからのびのびとプレーしている」。

これに永里選手は「ようやく自分のことが理解された」。ストイックで強いイメージを崩す、柔和な笑顔だった。

■海外で10年のキャリア

栄光もあれば苦節あり。東日本大震災が起きた11年、ワールドカップ優勝のなでしこジャパンで時の人となり、チームとして国民栄誉賞まで受賞した。一方で16年リオデジャネイロ五輪出場を逃すなどし、女子サッカー人気は低迷した。そんな中、海外で10年ものキャリア(ポツダム=ドイツ、チェルシー=イングランド、ヴォルフスブルク、フランクフルト=以上ドイツ、シカゴ・レッドスターズ=米国)を積み重ねるうちに、サッカーだけではない、さまざまな価値や幸福感に気付いたのであろう。1時間を超える会見の中に、そんな人生が垣間見えた。

永里が男子チームに挑戦-。世間の関心は男子に通用するのか、に集中している。当の本人は「性別学的には難しい」と冷ややかな目も承知の上で、「何かに挑戦する時に私はカベを感じないタイプ。女性の立場から何かチャレンジしづらいことが多いが、1歩踏み出す楽しさや勇気を伝えたい。境界線をなくして、いろんな人とフラットに触れ合う社会になれば」。

その言葉が胸に響いた。勝ち負けではない。その先にあるゴールへ、視線は向いているのだろう。会見終了後、当初抱いた「異種格闘技戦」的な興味は薄らいだ。結果はどうであれ、新たな1歩を踏み出した一アスリートのチャレンジに、心から拍手を送りたい。

【佐藤隆志】(ニッカンスポーツコム/サッカーコラム「サカバカ日誌」)