驚くことばかり 日本の練習や指導法/越後列伝

セルジオ越後氏(73)は72年に来日、藤和不動産サッカー部(現湘南ベルマーレ)に加入した。当時の日本リーグはアマチュアで、同氏は「元プロ選手」という形で入る初の例となり、話題になった。

一方、本人は日本の練習や指導法に驚くことも少なくなかった。本拠地の栃木から千葉に場所を変えての合宿では、最初は全員でランニング。「走るためにわざわざここまで来たの? 費用の無駄じゃない?」と思った。野球マンガ「巨人の星」の影響で、タイヤ引きもあった。ヒールキックをすれば「教科書に載っていない」と怒られたという“笑い話”も。

ある試合で新人選手が抜てきされ、監督やコーチは試合が始まると、ベンチから指示を怒鳴り続けていた。新人はビクビクしてまともにプレーできない。ここでセルジオ氏は言った。「あの選手を出すって決めたのは誰? あんなに怒らないとならない選手を出したのは誰? 起用した人が悪いんでしょ!」。当時から歯に衣(きぬ)着せぬ“辛口”だった。場はシーンと静まりかえった。

「日本人は監督に対し、そういうことは言わないよね。外国、ブラジルでは少年サッカーだって、選手が監督に文句を言うよ。『左サイドにボールが回ってこない。何とかしてくれ』って」。ハーフタイムは指示を待つ場でなく、議論する場だという。

◆セルジオ越後 ブラジル・サンパウロ生まれの日系2世。18歳でブラジルの名門コリンチャンスとプロ契約。同国代表候補にもなった。72年に来日、藤和不動産サッカー部(現湘南)でプレー。78年から「さわやかサッカー教室」で全国を回り、開催1000回以上、延べ60万人以上を指導。その経験から「セルジオ越後の子育つ論」など子育て本も出版。93年4月から日刊スポーツ評論家。06年文部科学省生涯スポーツ功労者表彰受賞、13年外務大臣表彰受賞。17年旭日双光章を受章。H.C.栃木日光アイスバックスのシニア・ディレクター、日本アンプティサッカー協会最高顧問。