開幕まであと2日と迫っているというのに、大会のトップニュースはミュージシャン小山田圭吾氏の開閉会式音楽担当辞任に関するもの。本番を控える選手よりも組織委員会が注目されることには、怒りを通り越して悲しくなる。残念なのは小山田氏本人のことよりも、大会組織委委員会の対応。ここにきて、あまりにひどいドタバタぶりだ。

「多様性と調和」は、今大会の理念だった。人種や性別、宗教、障害の有無などあらゆる面で違いを肯定し、互いに認め合う。そんな理念を大会で実現するために、組織委委員会はあった。ところが、ここにきて「理念」がぐらついた。

組織委員会の武藤事務総長は、小山田氏起用について「我々が決めたわけではない」と言い、丸川五輪相は組織委員会の対応を「理解できません」と言い放った。組織委員会の内部、さらに政府と組織委員会、そして東京都と政府、組織員会、みなバラバラ。耳を疑い、目を覆いたくなる。

「多様性と調和」は、大会理念であると同時に、組織委員会の課題だった。政府、東京都、民間企業から集まった職員。競技団体やメディアもいた。価値観が多様なら、仕事の進め方もさまざま。そんな「寄せ集め」だからこそ、互いに認め合うことが必要だった。

「何でも決めるのが遅すぎる」「準備もせずにやりたがる」…。慎重にことを進めたがる官と、スピード感を求める民。組織委員会ができた当初、職員から聞こえるのは愚痴ばかりだった。風通しも悪く、コミュニケーションもない。「いつか空中分解するのでは」と思ったこともあった。

もっとも「寄せ集め」は初めてではない。02年サッカーW杯、19年ラグビーW杯、世界的なイベントは官民一体で成功させた。今大会でも、ある職員は「今はバラバラでも、大会の成功という目的は明確。必ず1つになれる」と話した。

昨年3月、大会の1年延期が決まった。新型コロナ対策という、想定しなかった難題が次々と降りかかった。6年あまりの準備の見直しも必要になった。大会の実現も怪しくなった。バラバラな組織を1つにする「大会成功」というゴールさえ見えずらくなった。

それでも、森喜朗会長という圧倒的な存在がいた時はよかった。良くも悪くも組織は森会長を中心に動いた。職員はみな、森会長の顔色をうかがった。その会長が辞任。中止を求める世間の声も強まった。組織委員会は、日々の問題対応だけに追われた。政府や東京都との足並みも乱れた。

選手たちの新型コロナ感染は止まらない。柔道やレスリングなどの「超濃厚接触競技」でクラスターが起これば、競技そのものがストップする可能性もある。ぎりぎりの状態でも何とか日程をこなすことが、組織委員会の最大のミッションになってしまった。

開会式を待たずに21日午前9時にはソフトボールで大会が始まる。新型コロナ禍を乗り越えて世界中から集まった1万人あまりの選手が、33競技339種目で競いあう。ただ、ここにきて「反五輪」の勢いも増している。開会式でも最も注目されるのは、小山田氏が担当した冒頭部分の音楽になりそうだ。それも悲しいし、残念でならない。

テレビから流れるのは開幕を待つ選手の笑顔ではなく、組織委員会の橋本会長や丸川五輪相、小池都知事の神妙な顔。これが、五輪なのか。「多様性と調和」を忘れた五輪が、子どもたちのいい思い出になるはずはない。【荻島弘一】(ニッカンスポーツ・コム/記者コラム「OGGIのOh! Olympic」)

1994年1月号の「ロッキング・オン・ジャパン」(国立国会図書館より)
1994年1月号の「ロッキング・オン・ジャパン」(国立国会図書館より)
1995年8月号の「クイック・ジャパン」(国立国会図書館より)
1995年8月号の「クイック・ジャパン」(国立国会図書館より)