その壁を超えてゆけ~アスリートはいかに課題解決したのか

「神ってる」から脱却 広島鈴木誠也の新たな境地

「神ってる」とかつて称賛された男が、クーラーボックスに入った水をぶちまけた。ターゲットは楽天からシーズン途中に加入した三好匠だ。8月20日のヤクルト戦。今季10度目のサヨナラ勝利に沸くマツダスタジアムで、広島鈴木誠也外野手(25)はお立ち台の三好を手荒く祝福した。通称、誠也シャワーと呼ばれる儀式で、移籍選手をさらにチームの輪に溶け込ませようとした。目に見えない壁を乗り越え、精神面で大きく成長した姿がそこにあった。


2016年6月18日、オリックス戦で2戦連続となるサヨナラ本塁打を放った鈴木
2016年6月18日、オリックス戦で2戦連続となるサヨナラ本塁打を放った鈴木

3年前、鈴木は全国的に注目を集めた。16年6月に3試合続けて決勝本塁打(2本サヨナラ弾)を放ち、緒方孝市監督は「神ってる」と表現した。大ブレークとともに、25年ぶりのリーグ制覇に貢献。シーズンオフには流行語大賞まで受賞した。しかし鈴木自身は当時、その言葉に葛藤を抱いていた。「“神ってる”って、どこかまぐれのように感じませんか? まだ実力じゃないみたいな。“神ってる”と言われないような選手になりたいと思います」。


2016年6月、鈴木が2戦連続サヨナラ本塁打を放ったことを記念して発売されたTシャツ
2016年6月、鈴木が2戦連続サヨナラ本塁打を放ったことを記念して発売されたTシャツ

明るいキャラクターが印象的だが、ストイックな性格も持ち合わせている。入団時から周囲が認める練習量をこなしてきた。グラウンドを離れても、歴代の強打者やメジャー打者の映像をチェック。打撃のイメージがひらめくと、夜中であってもバットを握った。ブレーク後も、その姿勢を失うことなく、リーグを代表する強打者の地位を確立した。

今季、「神ってる」からの脱却を印象づけた試合がある。マツダスタジアムで行われた5月15日のヤクルト戦。5点を追う8回にヤクルト五十嵐亮太の初球144キロをバックスクリーンに突き刺した。4点差で迎えた9回には適時打で反撃ムードをさらに高めた。同点で迎えた延長10回裏に試合を決める放物線を再びセンターに描いた。鈴木のサヨナラアーチは、沈んでは浮上する不屈の広島を体現するものだった。


今年5月のヤクルト戦10回にサヨナラ2ランを放った鈴木
今年5月のヤクルト戦10回にサヨナラ2ランを放った鈴木

この試合後、「神ってる」の名付け親である緒方監督は「すごいの一言やね。さすがカープの4番」と最敬礼。もう「神ってる」と表現することはなかった。同世代で開幕直後は3番としてともに打線を引っ張った野間峻祥はあまりの勝負強さに舌を巻いた。「あいつとは生まれた星が違う。あれはもう“神”ですよ」。笑いながらも、その実力を素直に認めていた。

個人においては順調な成長を見せてきたが、今季は目に見えない壁との戦いがあった。リーグ3連覇を達成した昨年。シーズンオフに、鈴木とともに打線の中核を担った丸佳浩が巨人にFA移籍。チームの精神的支柱だった新井貴浩が現役を引退した。チームは転換期を迎えた。「弱いときに黒田(博樹)さんと新井さんが引っ張ってくれて、みんなが勝つために必要なことを教えてもらった。2人が引退されて、そして丸さんもいなくなった…。自分たちがやるべきことを分かっていないと厳しくなると思うんです」。選手個々の意識がより大事になると感じていた。だからこそ年齢に関係なく、主力として自覚を強くした。


2018年、優勝を決めたヤクルト戦で喜ぶ左から丸、野間、鈴木
2018年、優勝を決めたヤクルト戦で喜ぶ左から丸、野間、鈴木

先発メンバーの顔ぶれが大きく変わった今季、チームも鈴木も苦しいスタートとなった。打順が固定できず、つながりを欠いた。自然と相手バッテリーのマークは鈴木に集中。勝負を避けられたような配球も目立った。「気持ちの面で難しく感じるときもありました」と開幕直後を振り返る。それでも鈴木は現状に正面から向き合った。6学年上の丸とは、ベンチでは相手投手の傾向や対策を練り、グラウンドやロッカーでも打撃論を交わしてきた。

丸が抜けた今季は、自立した姿が見られた。新たに中軸を組む選手へのサポートを意識した。「僕が引っ張っていかないといけないと思いますし、先輩であってもコミュニケーションをとっていきたい。丸さんとやってきたいいものは継続していこうと思います。チームが重い空気のときに流れを変えられる打撃をしたい。昨年は丸さんに頼っていた。それを今年は僕が…という思い」。チームは4月に最下位に転落し、出遅れたが、粘り強く戦い、優勝争いを展開するほどになった。チームをまとめようとする鈴木の存在が大きかった。


今年7月16日のDeNA戦、小園海斗をベンチで迎える鈴木
今年7月16日のDeNA戦、小園海斗をベンチで迎える鈴木

鈴木が4番を任されたのは17年から。当初、凡打するとベンチに戻って感情を爆発させていた。大きな声で叫び、打撃用手袋をたたきつけることもあった。だが、そんな行動を新井にたしなめられ、今季は主力としての自覚から自制している。「そういう姿勢は自分を落ち着かせても、チームにいい影響は与えない。たまに外野でグラブで隠しながら叫ぶことはありますけどね」。地位や環境が人を変える。鈴木は壁を乗り越え、打線の重しとなった。

ペナントレースは終局に突入し、リーグ4連覇は厳しい状況になった。それでも鈴木と同い年の西川龍馬やルーキーの小園海斗ら若手の台頭があった。未来への展望は開けている。「“チームのために”というのは変わらない。ただ、同時にそれが野球の楽しさなんだと感じています。個を突き詰めるだけだとつまらないし、しんどい。ここまで来られたのも、そう考えてきたから。そういう考えが結果的に自分の成長につながるんだと思う」。転換期の中、鈴木の挑戦は続く。【前原淳】

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