We Love Sports

神鋼スミス総監督と坂田好弘氏、奇縁2人からの学び

黒のベンチコートの内側に、誇りは詰まっていた。

神戸製鋼フィフティーン(2020年1月18日撮影)
神戸製鋼フィフティーン(2020年1月18日撮影)

18年12月15日、東京・秩父宮ラグビー場。ラグビーのトップリーグで15季ぶりの優勝を目指す神戸製鋼が、芝の上に立った。対戦相手のサントリーと横一線に並び、君が代を斉唱。その直後のことだった。元ニュージーランド(NZ)代表の世界的SOダン・カーター、のちの19年W杯で日本代表として活躍するNO8の中島イシレリらが、次々とベンチコートを脱いだ。

下には伝統の赤いジャージーではなく、神戸製鉄所の作業着を着ていた。チームとして大切にする思いを再確認し、今度こそジャージー姿となって、ピッチに飛び出した。試合は55-5。かつて日本選手権7連覇を果たした、強い神戸製鋼が戻ってきた瞬間だった。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「何のために戦うのか」-。

神戸製鋼にその意識を植え付けたのが、18年春、60歳で総監督に就任したウェイン・スミスだった。

NZ代表「オールブラックス」のコーチとして、11、15年のW杯で2連覇。世界的指導者は来日直後、選手、スタッフ全員を連れて、神戸製鉄所を訪れた。解体中だった歴史ある高炉と向き合い、現場の製鉄所員から歴史や思いを聞いた。

かつて全員が社員だった選手は、プロが約6割。耐火レンガを拾い上げて持ち帰ると、チーム全体で神戸製鋼が戦う意味を考えた。重きを置いたのが、チームの文化を築くことだった。

スミスが「日本」と出会ったのは11歳の時だった。

1968年6月1日、NZ北島のベイ・オブ・プレンティ地方。海に面した自然豊かな場所に、ラグビー日本代表がやってきた。

NZ遠征の第7戦。日本はポバティベイと呼ばれる地区代表を、華麗なラグビーで下した。ピッチ際で見ていたスミスの心は、一瞬にして奪われた。

「あの日本代表のプレーに感銘を受けました。速いテンポで革新的。そしてエナジーを持っていた。今までで一番強い、日本代表だったと思います」

ラインアウトは選手を持ち上げる前の時代。背の高さで及ばない日本は、FWが突然しゃがみこみ、ボールを確保した。BKは当時守備的な役割が多かったFBを攻撃に参加させ、大男たちのマークをかいくぐった。ラグビー王国では、見ることのない光景だった。

「『デミ』がWTBで5トライしたんだ。彼がお気に入りで、彼のプレーを見るのが好きでした」

「デミ」の愛称で瞬く間に知られたのが、日本のWTB坂田好弘だった。

スミスに衝撃をもたらせた男は、中1日で迎えた遠征第8戦のオールブラックス・ジュニア戦でも4トライ。NZ代表予備軍を23-19で下す立役者となった。歴史的白星をもたらし、後にNZで「SAKATA」という競走馬も生まれた。スミスはその試合を白黒のテレビで見つめ、翌69年にNZへ単身留学した坂田の動向も追っていたという。

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「一瞬の判断力が全てだった」-。

京都市内の閑静な住宅街にある一軒家。坂田は自宅でスミスの思い出話を伝え聞くと、満面の笑みを浮かべながら口を開いた。

「うれしいですよね、そう言ってもらって。68年の日本代表はとにかく『一瞬の判断』を徹底していた」

強豪国との体格差は歴然。状況は常に劣勢だった。スクラムは押された状態でいかに攻めるか。ラインアウトは攻撃権を奪われてしまった場合の対応。めまぐるしく変化する状況を予測し、一瞬で判断しなければ、それは致命傷になった。

坂田は現在の日本代表の躍進をたたえながら、現役時代を思い返して言った。

「今はセットプレーが安定していて素晴らしい。そこを計算できた上で、攻めることができます。でも、当時はそうはいきません。常にうまくいかない状況を考え、その上で勝ちにいくことを、監督の大西鉄之祐さんにたたき込まれていた。一瞬の判断力という意味では、今の時代の何十倍も速かった自信があります」

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

今季のトップリーグは新型コロナウイルスの感染拡大の影響により、第6節での打ち切りが決まった。

リーグ2連覇を目指した神戸製鋼は開幕6連勝。勢いづいた直後、目の前から試合が消えた。だが、大切に築いてきた文化は、簡単に崩れるものではない。

「何のために戦うのか」-。

スミスの言葉は神戸製鋼の面々に、支えてくれる存在の大切さを気付かせた。

「一瞬の判断力が全てだった」-。

坂田の言葉には弱みを強みへと変えていった、過去の成功が凝縮されていた。

当たり前に思えていた日常が失われ、気持ちも沈みがちになる昨今。52年前、偶然にもNZの同じ場所で時間を共有した2人からの学びに、前を向いて進むヒントが詰まっている気がする。(敬称略)【松本航】(ニッカンスポーツ・コム/スポーツコラム「We Love Sports」)

◆松本航(まつもと・わたる)1991年(平3)3月17日、兵庫・宝塚市生まれ。武庫荘総合高、大体大ではラグビー部に所属。13年10月に日刊スポーツ大阪本社へ入社し、プロ野球阪神担当。15年11月からは西日本の五輪競技やラグビーが中心。18年平昌五輪ではフィギュアスケートとショートトラックを担当し、19年ラグビーW杯日本大会も取材。

スポーツをこよなく愛する日刊スポーツの記者が、スポーツの醍醐味、勝負の厳しさ、時には心が和むようなエピソードなど、さまざまな話題を届けます。

おすすめ情報PR

スポーツニュースランキング