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今日の誕生日
デニス・テン(1993年)→Pick Up!
Pick Up! デニス・テン
カザフスタンにフィギュアスケート史上初のメダルをもたらし、若くして無念の死を遂げることになったスケーターが生まれた日です。
アルマトイに生まれました。「テン」という名前のルーツは韓国の将軍です。テニス、テコンドー、空手、水泳など多くの習い事に通った少年時代。1番多くの時間を割いたのがフィギュアスケートでした。プロバイオリニストの母が、見ていて美しさを感じることから、滑ることを強く臨みました。5歳でした。
10歳でモスクワに移住。多くの金メダリストを育てたロシアの名コーチ、エレーナ・ブイアノワさんの誘いによるものでした。母と2人で暮らすスケート大国で、めきめきと実力を伸ばしていきます。2008年のジュニアGPシリーズのベラルーシ大会で優勝、2009年には4大陸選手権(9位)、世界選手権(8位)と早くも世界トップレベルの大会に参加します。
2009-2010年シーズンからシニアに上がり、バンクーバー五輪では10位に入りました。コーチをフランク・キャロルに変更し、拠点を米国に移した翌シーズン以降もコンスタントに国際大会で結果を残していきます。2013年世界選手権では4回転ジャンプも決めて、銀メダルを獲得。2014年ソチ五輪ではSPは9位ながら、フリーで大きく巻き返して3位となり、カザフスタン人として初のメダリストに。「カザフスタンに帰るとどうなっているか、分からない。まだメダリストの意味が分かっていない」とほおを上気させて喜びました。
2015年世界選手権では銅メダルで表彰台にあがりますが、その後は腰の痛みなどに悩まされ、思うような成績を残せません。ルーツを持つ韓国で開かれた2018年平昌五輪でも復調かなわず、SPは27位でフリーに進めませんでした。
突然の悲劇に襲われたのは2018年7月19日でした。アルマトイで車を物色していた男2人組に襲われて複数箇所を刺され、搬送先の病院で息を引き取りました。世界中のフィギュアスケート仲間、ファンが悲しみに暮れました。
母国では、世界のトップスケーターを集めたアイスショーを開くなど精力的に活動もしていました。悲報の後には、遺族などにより、デニス・テン財団が設立され、2019年7月には追悼のアイスショーも開催され、日本からも浅田真央さん、高橋大輔選手ら参加しました。





