F1日本GP過去の歴史

【1992年10月28日付本紙より】

演出家マンセル、パトレーゼにV譲る

 ◇10月27日◇決勝◇三重・鈴鹿サーキット(一周5・86403キロ)◇出走26台(完走15台)◇天候 晴れ◇観衆15万人

 今季限りで引退するナイジェル・マンセル(39=ウィリアムズ・ルノー)が、同僚のリカルド・パトレーゼ(38)に今季初勝利をプレゼントした。地元でラストランのホンダ勢を圧倒的に引き離した二人は、36周目に1位マンセルがスローダウン。2位のパトレーゼと入れ替わった。45周目にマンセルはリタイアしたが、パトレーゼは2位ベルガー以下を大きく引き離して優勝。通算6勝目を挙げた。セナは3周目にリタイア。日本勢は鈴木が8位、片山が11位と健闘した。

36周目の演出

 マンセルは演出家を気取って、史上最高15万人の観衆をあっと言わせた。36周目のバックストレートで、スピードを緩めた。グランド・スタンドへ飛び出す直前のシケインでは、マシンが止まるかと思えるほど極端に速度を落とした。19秒の差をつけていたセカンドドライバーのパトレーゼが追いついてくる。表舞台に出た時には、二人の順位は入れ替わっていた。

 完全にウィリアムズのペースだった。鈴鹿用スペシャルエンジンを持ち込んだホンダも、指をくわえて見ているしかなかった。マンセルの独走。それを追うパトレーゼ。10周目には、3位のベルガーに30秒近い差をつけていた。32周目には昨年のセナ(1分41秒951)を上回るラップ1分40秒838をマーク。レースをコントロールできるのはマンセルだけだった。

 トップを譲ったマンセルだが、持ち前のちゃめっけ? でパトレーゼを脅かした。37周目からは、ピッタリ後ろについて45周目にリタイアするまで追い回した。実は、二人の間には第13戦イタリアGPでの約束があった。「ボクがレースをリードすることになったら、マンセルはそのまま行かせてくれることになっていた」と、パトレーゼはレース後に話した。そのイタリアではどちらもリタイア。この日は事前に何の話もなかったという。「今日はベッタリついてきた。ミラーから彼の姿が消えた時には、ホッとしたよ。残り10周近くあったし、ちょっときつかったね」と渋い顔で言った。

 そんな同僚の心境も知らず、マンセルは満足そうだった。「だれもがボクがしたことを分かったと思うよ。本当はモンツァ(イタリア)でやりたかったんだ」と、得意げに話していた。表彰式では、黒の革ジャンパーに着替え報道陣に交じって下から同僚を眺めていた。テレビのカメラマンにぶつかられると、「オイ!  オレだぞ」と自分の存在をアピール。たちまちカメラのフラッシュを浴びた。

 昨年は、ゴール直前でセナが同じくセカンドドライバーのベルガーに優勝を譲った。この時も、セナのタイトルはすでに決まっていた。今季初勝利のパトレーゼは、「今年は運が悪かったし、マンセルも強すぎた。でも、努力をしてきたから私にも優勝はくるべきだった」と話した。昨年のベルガー同様、複雑な表情だった。【桝田朗】


プロスト、来季は史上初の「0番」

 来季からウィリアムズでF1へ復帰するアラン・プロスト(37)の車番が史上初の0になる。マックス・モズレーFISA(国際自動車スポーツ連盟)会長は25日、ナイジェル・マンセル(39)がインディカーに転向した場合、ウィリアムズには王者番号の1番は与えず、0、2番を割り当てると明らかにした。また、ドライバー交換は一人増え3人となり、NO・1カーは一度だけ、NO・2カーは二人まで交換することができる。

 モズレー会長は破産宣告を受けたオートポリス(大分)でのF1開催についても触れ、「管財人にゆだねられているが、実施できるであろう。契約は既に成立している」と語った。4月4日開催には準備期間が足りないことから、10月24日の日本GP(鈴鹿サーキット)との入れ替え、ほかのGPを前倒しにする案などが既に検討されている。


ホンダ120%燃焼!鈴鹿ラストラン

 悔しさと感謝の念が交錯していた。2位でゴールに戻ってきたベルガーへ、安岡章雅ホンダチームリーダー(41)は小さく手を振った。期待のセナが2周半でリタイアすると、ピットのホンダスタッフは息をのんだ。エンジンバルブ系の警告ランプがともりエンジンは止められた。「僕が担当した所」とスタッフの一人は泣きそうな顔になっていた。残るベルガーも、11周目に3位から6位へ落ちた。地元鈴鹿で入賞もなしか。しかし、ベルガーは粘り強い走りで表彰台を確保して戻ってきた。

 「120%の力を出せて悔いはない」。ホンダがレース界に復帰したとき(1980年)からエンジンを開発してきた市田勝己ホンダ総括責任者(45)はき然として言った。しかし、すぐ後に「やっぱり日本GPで勝ちたかった」とポツリとつぶやいた。

 必勝を期していたホンダは前戦より約30馬力多いエンジンを投入していた。しかし、ホンダがF1へ復帰した10年前とは状況が違っていた。「ウィリアムズの車体はすごい。鈴鹿スペシャルでも追いつかなかった」(市田氏)。車体のハンディをエンジンパワーでは補いきれなかった。

 リタイアしたセナは、ピットでレースを観戦、最終周回でベルガーの逆転優勝が無理と分かるとため息をついた。「残念だった。今はなにも言えない」。レース後の打ち上げパーティーではジッと黙っているだけだった。

 セナの開幕前日の「今言えば、チームが妥協してしまう」という発言の裏には、あきらめずにウィリアムズと同じ性能のルノーエンジンを獲得しろという思いが託されている。マクラーレンに残留する意向のセナだが、ホンダとのレースはあと一戦(11月8日・豪州GP)しかない。「感傷的な男」(市田氏)だけに、フィナーレは自分の優勝で決めるつもりでいる。

(写真=スタートして2周半でリタイアしてしまったA・セナ。ホンダエンジンの地元ラストランを勝利で飾れなかった)


中嶋氏「寂しいね」

 昨年限りで引退した、日本人初のF1フル参戦ドライバー中嶋悟(39)がラストランのホンダにエールを送った。午前9時半から行われたトークショーに出演した中嶋は「もうこれでホンダ・エンジンの音が聞けないと思うと寂しいよ。今度帰ってくるのは何年後か分からないしね」。

 昨年は自らのラストランで燃えた鈴鹿だった。ホンダの申し子と呼ばれた中嶋は、惜別の思いでホンダのエキゾーストノートに聞き入っていた。


無限ホンダ、将来は複数に

 ホンダの名前は今季でなくなるが、無限ホンダは来年も残る。会社の規模や準備の問題で来年もフットワークの1チームだけだが、将来的にはフォードのように複数チームへ供給していく予定だ。V10を乗せたフットワークの2台はそろって完走したが、無限の本田博俊社長は「前がつぶれただけ。全然良くない」と厳しい。常勝ホンダの意志を引き継ぐが、「有限ですけど、こうご期待」と本田社長は自信をのぞかせていた。


亜久里8位、右京11位、日の丸バックにそろって完走

 チェッカーフラッグを受ける鈴木亜久里(31=フットワーク・無限)の目に、何本もの「日の丸」が目に入った。5度目の母国・日本GP。やはり格別の思いが鈴木の胸を熱くさせた。2年ぶり、3度目の完走。1990(平成2年)年の表彰台(3位)にも、入賞(6位以内)にも届かなかったが、最低限の責任を果たした安ど感でいっぱいだった。

 「本当に疲れたよ。なんとかスピンしないように、そればっかり」。まるで暴れ馬にでも乗っているようなレースだった。セッティングが決まらないままスタート。バランスが悪く、マシンの挙動が定まらない。タイヤの摩耗は激しく、15周目には早々とタイヤ交換を強いられた。残り18周目からは燃料がカットされる電気系のトラブルに見舞われるアクシデント。「このまま止まると思った」とヒヤヒヤしながらの周回が続く。しかし「応援してくれてるし、頑張らなきゃいけないと思った」と最後は気力での完走だった。

 日本GP初体験の片山右京(29=ヴェンチュリ・ランボルギーニ)も、ファンの声援に支えられた。20位スタートながらレート、マルティニを抜くなど11位まで浮上。しかし40周目、シケインで僚友ガショーと接触、コースアウトして大きく後退した。「無線からガショーに譲れと連絡が入った直後だった。いきなりガツンでびっくりした」。それでも再びコースインし、14位から最後は11位まで戻してフィニッシュ。「みんな旗を振ってくれてるのが目に入ってね。だから頑張れたんだ」。シールド越しに見えたファンの姿が片山を奮い立たせた。

 史上最高の15万人観衆が二人の日本人ドライバーを完走させたといっていい。「ここまで走れるとは思わなかったよ」と鈴木が言えば、片山は「いい勉強になりました」。ファンとともに戦った日本GPで、鈴木と片山はそれに見事にこたえた。【木崎輝三】


史上最高の15万観衆

 決勝の入場者としては史上最高の15万人(これまでは昨年の14万8000人)を記録した鈴鹿サーキットから、関係者数千人に「大入り袋」が配布された。3日間を通しての入場者としては昨年の33万7000人に5000人及ばなかったものの、F1人気を見せつけた。「現段階では超満員。これ以上、お客さんを入れるなら、駐車場やスタンドなど受け入れ態勢を整えないとね」(川口広報)と、鈴鹿市の人口17万人に迫る入場に関係者もホクホク。


順位 ドライバー チーム・エンジン タイム
1 R・パトレーゼ ウィリアムズ・ルノー 1時間33分09秒553
2 G・ベルガー マクラーレン・ホンダ 1時間33分23秒282
3 M・ブランドル ベネトン・フォード 1時間34分25秒056
4 A・デ・チェリザス ティレル・イルモア 1周遅れ
5 J・アレジ フェラーリ 1周遅れ
6 C・フィッツパルディ ミナルディ・ランボルギーニ 1周遅れ
7 S・モデナ ジョーダン・ヤマハ 1周遅れ
8 鈴木亜久里 フットワーク・無限ホンダ 1周遅れ
9 JJ・レート ダラーラ・フェラーリ 1周遅れ
10 P・マルティニ ダラーラ・フェラーリ 1周遅れ
11 片山右京 ヴェンチュリ・ランボルギーニ 1周遅れ
12 N・ラリーニ フェラーリ 1周遅れ
13 E・ナスペッティ マーチ・イルモア 2周遅れ
14 G・モルビデリ ミナルディ・ランボルギーニ 2周遅れ
15 M・アルボレート フットワーク・無限ホンダ 2周遅れ
  N・マンセル ウィリアムズ・ルノー 45周目リタイア
  M・ハッキネン ロータス 45周目リタイア
  B・ガショー ヴェンチュリ・ランボルギーニ 40周目リタイア
  E・コマス リジェ・ルノー 37周目リタイア
  J・ラマース マーチ・イルモア 28周目リタイア
  M・グージェルミン ジョーダン・ヤマハ 23周目リタイア
  J・ハーバート ロータス・フォード 16周目リタイア
  M・シューマッハー ベネトン・フォード 14周目リタイア
  O・グルイヤール ティレル・イルモア 7周目リタイア
  T・ブーツェン リジェ・ルノー 4周目リタイア
  A・セナ マクラーレン・ホンダ 3周目リタイア
1位の平均時速は200.168キロ
最速ラップはマンセルの1分40秒646(44周目)平均時速は209.749キロ
タイヤは全車グッドイヤー


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