【垣内珀琉〈中〉】小6で流した涙、中2で感じた人の優しさ 苦悩の日々で救われた言葉

日刊スポーツ・プレミアムでは、毎週月曜日にフィギュアスケーターのルーツや支える人の信念に迫る「氷現者」をお届けしています。

シリーズ第54弾は垣内珀琉(19=ひょうご西宮FSC)が登場します。3歳で競技を始め、ノービス時代から活躍。今季は11月7日開幕のNHK杯(大阪・東和薬品RACTABドーム)でグランプリ(GP)シリーズに初出場します。

全3回の中編では、ノービス2年目からジュニア2年目までの4年間を振り返ります。小学6年生の秋に味わった悔しさと、中学2年生で身に染みた人の温かさ。2つの出来事は、人生の礎となりました。(敬称略)

フィギュア

◆垣内珀琉(かきうち・はる)2006年(平18)4月18日生まれ、兵庫県西宮市出身。西宮市立苦楽園中―N高。3歳で競技開始。全日本ノービス選手権は15年から4年連続で出場し、16年2位(B2年目)、17年2位(A1年目)。ジュニアグランプリ(GP)シリーズは22年から3年連続で出場し、最高成績は23年第5戦ブダペスト大会3位。全日本ジュニア選手権は17年以降に計7度出場。全日本選手権は22年から3年連続出場。趣味は鉱石採集、古銭収集、浮世絵鑑賞。好きな漫画は「こちら葛飾区亀有公園前派出所」。合計点の自己ベストは24年ジュニアGPシリーズ第3戦バンコク大会の209・50点。身長173センチ。

23年全日本選手権フリーで演技を披露する垣内珀琉(同年12月撮影)

23年全日本選手権フリーで演技を披露する垣内珀琉(同年12月撮影)

車内で涙した小6秋「あんなに泣いた試合はない」

垣内は母の車に入ると、木造の勉強机に突っ伏した。

涙が止まらなかった。

「ノービスの中では最後の試合が一番覚えています」

スケート人生で初めて悔しさを味わったのは、今から7年前の秋だった。

2018年10月20日。大阪府立臨海スポーツセンター。

最後の全日本ノービス選手権Aに優勝候補として臨んだが、結果は79・58点で5位。優勝はおろか、表彰台にも届かなかった。

演技後はすぐに衣装を脱ぎ、ひたすら泣いた。

「あんなに泣いた試合はないですね」

小学6年生の秋。

人知れず流した涙が、1つの分岐点となった。

2A&3Tを同じ日に成功、全日本ノービスAで2位に

それまでは、結果や順位に関心がなかった。

「悔しさとかも全くなくて。ただスケートを楽しんでいて、バッジテストの級を取るために頑張っているような感じでした」

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岐阜県不破郡垂井町出身。2022年4月入社。同年夏の高校野球取材では西東京を担当。同年10月からスポーツ部(野球以外の担当)所属。
中学時代は軟式野球部で“ショート”を守ったが、高校では演劇部という異色の経歴。大学時代に結成したカーリングチームでは“セカンド”を務めるも、ドローショットに難がある。