【朝乃山を追う:23年夏場所〈上〉】母に告げた言葉、引退恩人への感謝、そして試練

大相撲で大関経験者の朝乃山(29=高砂)が、2年ぶりに幕内力士として本場所の土俵に戻ってきた。東前頭14枚目で臨み、12勝3敗の優勝次点。好成績で迎えた終盤戦は、12日目に関脇大栄翔、13日目に横綱照ノ富士との割も組まれた。これは連敗し、4年ぶり2度目の優勝はならなかった。それでも幕内中位、下位相手には圧倒する内容も多く、目標とする年内の三役復帰を予感させた。21年5月に新型コロナウイルス感染対策ガイドラインの違反。6場所の出場停止処分を経て、三段目から再出発した朝乃山のドキュメント。今回は夏場所を振り返る。2回連載、上編は初日から7日目まで。

大相撲

<東前頭14枚目:12勝3敗>上編:初日から7日目まで

寄り切りで千代翔馬を破り、幕内力士として725日ぶりに白星を挙げ懸賞金を手にする

寄り切りで千代翔馬を破り、幕内力士として725日ぶりに白星を挙げ懸賞金を手にする

2年ぶりの幕内、725日ぶりの白星
姿見つけて近づき「母の日に勝ててよかった」

寄り切りで千代翔馬(左)を破る

寄り切りで千代翔馬(左)を破る

初日(1勝)

〇 東前頭13枚目 千代翔馬戦

2年前と同等以上の力を見せつけ、幕内力士として725日ぶりに白星を挙げた。朝乃山が千代翔馬に何もさせず完勝。立ち合いで右をねじ込むと、前に出て圧力をかけながら右腕を返し、反撃する隙を与えず寄り切った。番付上は出場停止処分中の9場所、1年半ぶりの再入幕だが、実際に幕内力士として取組を行ったのは、大関時代の21年5月19日、夏場所11日目に勝った隆の勝戦以来。5月から新型コロナウイルスが5類に移行、ほぼ通常開催となり、割れんばかりの大歓声に心が震えた。

「緊張感があった。十両と幕内の土俵は違う。土俵入りの時からお客さんも多い。白星よりも(大勢の)お客さんの前で相撲を取れたことがうれしい」。

先場所は、わずかに再入幕に届かず、東十両筆頭だった。2場所連続の十両優勝こそ逃したが13勝2敗。2敗は同じ幕内優勝経験者で、夏場所前に引退した逸ノ城と前頭王鵬に敗れたもので、十両とは実力差を見せつけた形だ。「新入幕の時は挑戦者。イキイキと相撲を取っていた。再入幕は前の番付(大関)もあるのでプレッシャーでもある」。精神力が試される、3月の春場所までとは違う戦いが始まった。

母の石橋佳美さんへの感謝を胸に土俵に立っていた。この日は母の日。取組前から「何か母にプレゼントできたら。父の分まで母には、ずっと元気でいてほしい」と話していた。21年8月、父靖さんが64歳の若さで亡くなった。傷心の母を支えるため、東京などに勤務していた兄卓磨さん、弟尚也さんは、そろって出身の富山市に戻っていた。だが力士として生きていくことを決めた朝乃山は、それがかなわない。だからこそ白星で、力強い相撲で、母を支えたい気持ちは、兄や弟と変わらないと伝えたかった。

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1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。