【高砂部屋の面々〈6〉】土俵人生に別れ 朝ノ島&朝虎牙、断髪式
出会いもあれば、別れもある-。ともに最高位三段目の朝ノ島(34)と朝虎牙(30)が、秋場所限りで引退した。9月24日に都内で行われた同場所の千秋楽パーティーで、並んで行われた断髪式では、高砂親方(元関脇朝赤龍)の止めバサミで、まげと別れを告げた。秋場所で西序二段102枚目の朝ノ島は3勝4敗、東三段目84枚目の朝虎牙は4勝3敗。高砂部屋力士らしく、最後まで堂々と戦った。今後はともに相撲界を離れ、社会人として第2の人生で“横綱”を目指す。
大相撲
徳之島出身、34歳
朝ノ島二郎(あさのしま・じろう)
本名・澤保幸。1989年(平元)10月9日、鹿児島・徳之島出身。2006年春場所初土俵。最高位は三段目98枚目。通算298勝356敗18休。168センチ、130キロ。
朝青龍から「頑張れよ」
15歳で鹿児島・徳之島から単身、入門した朝ノ島が土俵人生に別れを告げた。人生の半分以上、05年春場所の初土俵からの18年半を振り返り「つらいこと、苦しいことも多かったけど、いいことの方が多かった。相撲をやって、高砂部屋に入って、本当によかった」と、しみじみと語った。入門時にすでに横綱だった朝青龍は「オーラがすごかった」と、稽古場の緊張感に立っているだけでやっと。ただ、初対面の朝青龍から「頑張れよ」と励まされた喜びも格別だった。そんな思い出も、まるで昨日のこと。引退まで駆け抜けた。
脳梗塞のような症状 網膜剝離
大きな出来事は、前相撲の初土俵から4場所目と早々に訪れた。当時の「朝奄美」のしこ名が番付に載って、2場所連続で3勝4敗と、あと1歩で負け越し。初の勝ち越しを目指していた、05年秋場所中の稽古で頭から当たった際に「脳梗塞のような症状になった」という。「正式な病名は覚えていない」というが、目の焦点が合わず、ろれつが回らず、力が入らない。そこからの意識は途切れ途切れで、覚えているのは病院のベッドの上から。1カ月入院し、前相撲で土俵に復帰できたのは、08年初場所と、2年4カ月後だった。
立ち合いは、頭から当たることができず、胸から当たらざるを得なくなった。ただ167センチとあって、大柄な相手に圧力負けすることも増え「本場所だけ頭からいくこともあった」と、勝つために必死になった。「急いで文字を書こうとすると手が震えた」「右手ではしを使えなかった」と、日常生活にも支障が出た。それでも今では「急がなければ普通に右手で字は書けるし、左手ではしを使えるようにもなった」と、笑顔で克服したことを打ち明けた。
ただ、大きな出来事は、これだけではなかった。14年秋場所には三段目に昇進していたが、ほどなく15年春場所前、今度は左目の網膜剥離が発覚した。「黒いカーテンがかかったようだった」と、視界が急に悪化し、同場所を休場した。生涯を通じて「骨折は1度もない」が、病気が出世を阻んだ。
史上最重量力士に勝った
本場所の土俵では忘れられない取組も多かったが、特に思い出深いのは18年春場所7日目、大露羅を上手出し投げで破った序二段での一番だ。相手は当時、すでに史上最重量力士だったが、約5カ月後の健康診断で、さらに史上最重量を更新する292・6キロを計測した巨漢。「つかまったら勝てないと思って突っ張っていった。とにかく大きくて、一番印象に残っている」。懐かしそうに振り返って笑った。
「相撲で学んだことを生かしたい」
現在の師匠が現役時代、12年ほど付け人を務めた。その縁で引退後は、部屋のマネジャーになることを打診された。「ありがたい話で迷った。でも一般社会に出て勉強したかった」。高砂部屋を支援する岐阜の企業への入社が決まった。第2の人生は「相撲で学んだことを生かしたい」と、ただの“新弟子”ではない。何度も乗り越えた苦労を、強みに変えられる前向きな精神力という武器がある。
近大ウエートリフティング部
朝虎牙金五郎(あさこが・きんごろう)
本名・森本啓太。1993年(平5)2月20日、大阪市出身。近畿大学時代は重量挙げ部。2015年春場所初土俵。最高位は三段目19枚目。通算171勝171敗8休。175センチ、160キロ。
30歳で1つの区切り
最後の場所を勝ち越した朝虎牙が、惜しまれながら現役を引退した。近大ウエートリフティング部から入門し、15年春場所で初土俵。8年半の力士人生を振り返り「普通の世界じゃないので、いろいろな経験ができた。入門した年の九州場所直前に初めて、ちょんまげを結えた時のことは、よく覚えている。ざんばらの時にはなかった『お相撲さんになった』というのを強く感じ、うれしかった」と、懐かしそうに笑った。
「まずは3年続けることを目指して入門した」。30歳まで現役を続けている姿は想像できていなかった。最初は大部屋での団体生活も、慣れるのに一苦労。就寝しようとしても、先輩力士のいびきがうるさくて眠れないことも多かった。イヤホンを付けて寝る生活は今も染み付いている。今でこそ和やかな雰囲気だが、以前はピリッとした緊張感が日常生活からあったが、そんな日々が思い出深い。「30歳で1つの区切りと思っていた。十分満足。悔いはない」と、胸を張った。
度重なるケガ
けがにも苦しめられた。左上腕の靱帯(じんたい)を断裂した際の傷痕は、今も残っている。入門1年余りの序二段の時、部屋での稽古中に、きめられた状態で小手投げを打たれた際に「パンッ」という音が、稽古相手にも聞こえたほど。「動かせない状態だった」と、1カ月以上、稽古はできず、16年夏場所は現役生活で唯一の全休となった。
さらに21年には、場所間の稽古中に胸骨を骨折した。「息ができなかった。その後も痛すぎて、横になることができなかった。でも心臓に骨が刺さらなくてよかった」。大けがだったが「気合で」と休場はしなかった。ただこれを機に、幕下目前だった最高位の西三段目19枚目から、徐々に番付を落とした。体重も自己最重量の175キロから、一時は30キロも落ちた。そして心は引退へと傾いていった。
朝乃山の付け人
苦しい日々にも「逃げようと考えたことは1度もない」という。まじめな性格に第2の人生は引く手あまた。今後は正式には決まっていないが、大阪市内でデイサービスなどの介護事業を営む父の会社、知人の推薦が約束されている警察官などが第2の人生の候補。何よりも次のステップを「楽しみ」と笑って言える、旺盛な好奇心がある。最後の場所では千秋楽まで朝乃山の付け人を務めた。誰かの力になることを、やりがいに感じながら第2の人生へと歩み始める。【高田文太】
(つづく)
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高田文太Bunta Takada
1999年入社。現在のスポーツ部ではサッカー(1)→バトル→五輪→相撲(1)→(5年半ほど他部署)→サッカー(2)→相撲(2)→ゴルフと担当。他に写真部、東北総局、広告事業部にも在籍。
よく担当や部署が替わるので、社内でも配った名刺の数はかなり多い部類。
数年前までは食べる量も社内でも上位で、わんこそばだと最高223杯。相撲担当になりたてのころ、厳しくも優しい境川親方(元小結両国)に「遠慮なく、ちゃんこ食っていけ」と言われ、本当に遠慮なく食べ続けていたら、散歩から戻った同親方に「いつまで食ってんだ、バカヤロー!」と怒られたのが懐かしいです。
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