勝率2点台のターンではないと感じた。6月13日の住之江ボート初日1R、130期の藤原仙二(19=滋賀)がまくり差して万舟券を演出。デビュー3勝目を挙げた。鋭いスタート、展開を捉えたハンドルは見事だった。

藤原は奮闘し、勝負駆けに持ち込んだ。結果的にデビュー初の準優進出は逃したが、シリーズを通じて4度の舟券絡み。印象に残る走りだった。

130期の19歳・藤原仙二の果敢な走りに今後も注目
130期の19歳・藤原仙二の果敢な走りに今後も注目

藤原の父・吾郎さんはJRAの調教助手。橋口厩舎で攻専(調教専門の助手)を務める。かつては松田博資師(引退)の下で働き、G1・6勝のブエナビスタなど名馬の調教もつけた。ブエナビスタの最後のG1制覇は11年ジャパンカップ、仙二少年は8歳だった。「テレビを見ていたのは、頭の中にあります」。

小さい頃から馬は身近な存在だった。トレセンに遊びにいき、親戚が経営する乗馬クラブに通った。「気が付いた時には馬が生活の中にあった」。少年は馬の魅力にはまり、ジョッキーを志した。

ジョッキーを目指すため、乗馬クラブを移った。栗東の乗馬スポーツ少年団へ。ジュニアチームの試験を受けて無事合格し、栗東乗馬苑に通う日々が始まった。ともに汗を流したのは今村聖奈、角田大河騎手。「今村、角田とは小、中学校と一緒で何度か同じクラスになったこともある。お互いに乗馬をやっているのは知っていて、大会では会っていたけど、一緒に乗るのは初めてだった。今村は当時から上手でしたね」。

競馬学校は2度受験したが不合格。少年は落ち込んだ。きつい減量に耐えてきたのは何だったのか。「競馬学校を受ける時、僕は43、44キロぐらいにしないといけなかった。体重オーバーだと受験することができない」。藤原の身長は現在167センチ。減量のつらさは想像するに余りある。「小学校5、6年ぐらいから、学校の給食とか残していました。中学校の時は、小6から体重が変わってなかった」。夏場は汗を出すため、暑い馬場で厚着をして馬に乗った。全てはジョッキーになるため-。少年は目標を見失った。3度目を受ける気にはなれなかった。

「食べたいものをたらふく食べて、適当に遊んでいましたね」。見かねた父は、息子を連れてびわこボートに出掛けた。父はもともとボートレース好きで、仙二少年は幼い頃、一緒に訪れた記憶はあった。久々の観戦は新鮮で刺激的だった。

「すごく久しぶりにボートレースを見た。めっちゃこれ、格好いいと思った」。父の強い勧めもあり、ボートレーサー養成所を受験することに。合格の知らせが届いた時、父は「まじか!」と声を出して喜んだという。

馬からボートに変わっても、操縦の難しさは変わらない。「馬は感情があるから難しい。ボートは機械だから、ずっと一定で言うことを聞くと思ったけど、そうじゃない。ペラも気象条件もある。機械のようで機械じゃない」。目下、苦戦中だが一節ごとに新しい発見がある。練習もレースも楽しんでいる。

昔の記憶がよみがえることがある。うっすら覚えているのは、小さい頃、びわこで吉川昭男が操縦するペアボートに乗ったこと。「(ボートに)縁があったんだと思います」。吉川の弟子、丸野一樹は藤原にとって兄弟子にあたる。

かつて切磋琢磨(せっさたくま)した今村聖奈騎手は、デビュー1年目で51勝を挙げ、重賞制覇も果たした。角田大河騎手も通算56勝をマークしている(18日現在)。

「彼らの活躍はモチベーションになる。まだ足元にも及ばないけど、こつこつ頑張って、最終的には僕の方が稼げるように、活躍できるように頑張ります」。“同級生”に追いつけ追いこせ-。夢は始まったばかりだ。【網孝広】