「部活動の地域移行」が2023年度から本格的に始まっている。
教員の働き方改革や少子化という問題に伴い、公立中学や高校で教員が担ってきた指導を地域のクラブや団体などに段階的に移行するというもので、スポーツ庁と文化庁が22年12月に策定したガイドラインに基づき、3年間かけて実施していく。
■専門部長も務める中川中・中村光義先生
少子化で部活動が成り立たない地方の中学では近隣同士で合併して「クラブチーム」として活動している例が増えている。つまり地方で先行し、人口の多い都市部ではまだ手付かずというのが概ねの状況だ。
ただ人口約377万人の横浜市にあって、少子化への危機感から、将来を見越して地域移行に動きだしている人物がいる。都筑区・中川中学サッカー部顧問の中村光義先生(44)。JFA公認A級U15コーチライセンスの持ち主で、横浜市中体連サッカー専門部の部長も務めている。
中村先生が言う。
「これから少子化が続いていくと、部活動がこのままの形態で続けていくのは難しいと思っています。ここに赴任したのが昨年の4月。少年サッカーが盛んな地域ですが、来てみたら部活動生は20人いますが週末になると参加者は15人ほど。運営していくのもきついなと。コロナが明けて、スポーツの習慣がない子が多くなったと感じています」
横浜市でも少子高齢化により戦後初めて、21、22年と人口が減っている。大型ショッピング施設があり、ファミリー層に人気の横浜市北部だが、中川中のある周辺は農地が多く、低層住宅エリア。同じ都筑区内でも高層マンションが建つ地域とは異なり、人口減少のスパイラルにある。
中村先生の提案はこうだ。もともと中川中から20年ほど前に分離した東山田中学や他の近隣校と合同で活動するというもの。
「調べると中川中学校をはじめ、その近隣校は生徒が減少し続けている。本校も来年は5クラスから1つ減って4クラスの予定。東山田中学も来年度の入学は1クラス減で5クラスに。子供が減るということは教員の数も減らされます。となると、部活動を担当する教員も減り、1人や2人で部活動を運営するのは大変です。もともと中川という地域だったので、東山田にも、他の近隣校にも声をかけて、学校は戻せないので、部活動を戻していきませんか? という話をしました」
■少年サッカー盛んもクラブチームへ流出
各校とも部員は20~30人いるが、ケガや病気、家庭事情などで全員がそろう日は少なく同じような悩みを抱えているという。
中川地域は少年サッカーが盛んで、多くのプロ選手を輩出している。有力選手は外部のクラブチームへと流れる傾向が強いが、それでもさまざまな事情から中学の部活動を選択する好選手もいる。
「この冬も市大会が行われましたが、どこも人数はカツカツです。インフルエンザの波やケガ人が出てくると試合が破綻します。一生懸命やっている子がかわいそうです。人がいなくて、試合はボコボコに負ける。人数がそろえば勝負になるのに。規定の人数に足らず不戦敗も2、3校は聞きましたし。当日ふたを開けたら6人しかいない、というのは子供がかわいそう。指導者も熱意を持って行っても、選手がいない。そういう事情があると情熱を燃やし続けられない。ある程度の人数を確保し、競争もしながら切磋琢磨する。それが健全なんじゃないかなと思います」
個人的な思いから始まった計画だが、学校長や関係各所には相談し、ルールに沿う形を模索している。
その上で東山田中学や近隣校には提案書を提出している。現1年生が部活動を引退する来年夏からの移行を計画しており、今年度の4月に入学する生徒には「あなたたちが上級生となる時には部活動をクラブ化します」と周知する。
「誰かがやらないと、何も始まらない。立場ある自分がやることで影響力を持たせられる。僕がモデルケースになって、みんなの勇気になれば。自分のやったノウハウを、こういう手続きを取ってこうするんだよと教えたい。部員がいない、今日も不戦敗だとかいうのは苦しい。ただ苦しいと言っていても何も変わらないし、何かを動かさないと状況は変化しない」
ただ部活動をやみくもに推奨していない。活動はスポーツ庁のガイドラインに沿って週5日、平日4日と土日のどちらからの1日だ。
「自分もサッカーだけガツガツやればうまくなると思っていません。やる時はスイッチを入れて、休みの時は趣味や他に時間を使えばいい。サッカーだけやっていても将来いい人間にはなれませんから」
■物価上昇の中で安価な会費で指導を
また、中学世代(3種)はクラブユースが隆盛を誇る中、部活動のクラブ化はこれからの社会事情に見合うものだと考えている。
「最近は物価やエネルギー価格の高騰があります。高いお金を払ってクラブに行かせる人がどれだけいるのかなと思います。クラブはグラウンドがなくて大変だったり、グラウンドがあってもナイター費用とか、輸送費とか、どんどん物価が高騰する中でタウンクラブの経営は大変だと思います。そうなると会費を上げるとなるけれど、(世間の)大人の給料は上がっていない。それなら学校施設の方が充実している。日本経済の側面からも学校を地域クラブ化して、なるべく安価な指導料で環境と指導を提供していく方が受け入れられていくのでは? と思います。経済的な面も、やろうかなと思ったきっかけですね」
教員の働き方改革の観点からも外部の指導員を招き、自身がいなくても回っていく組織を構築していこうと考えている。そしてサッカーに終わらず、さまざまな運動部へと広がることを夢見る。
「それが理想ですね。中川スポーツクラブみたいになっていくのが。総合スポーツクラブみたいな、最終的にはそこですね。誰もやろうと言わないので、サッカーを進めれば誰か付いてくるのではと思っています」
過渡期にある部活動は時代とともに変容していく。中村先生の心意気に触れ、その考えは強くなった。
■「Nakagawa United構想案」発表
1月27日、神奈川県サッカー協会主催の「第1回中学サッカー部選手の未来を創る研修会」が実施された。
県内各ブロックを代表する中学顧問の先生を対象とした会には、日本サッカー協会(JFA)育成ダイレクターの影山雅永さんも講師として参加。その目的の1つとして「地域移行等について先行事例を学び、今後に向けた準備を始める機会とする」がテーマとなった。
興味深かったのは、サッカー部顧問によるアンケート結果(回答143人)。
一部紹介すると、指導をすること(大会運営なども含む)に「心身の苦痛やストレスを感じてつらい」は16・2%で、「時々」も含めれば25・4%にも及んだ。また、地域移行への期待と不安は、期待の51・4%に対し、不安も48・6%とほぼ半数に分かれた。
アンケート結果を報告した県中学サッカー専門部部長の熊谷健太郎先生は「トラブルが起こり“そう”運営が大変になる“だろう”という、先入観を変えなければいけない」と説明した。その上で「大人が主語になっている。誰のために? 選手のためにというところに立ち返ることが大事。神奈川に見合ったスタイルに見つけて、一歩踏み出していきたい」と話した。
そして会では、中村先生が「Nakagawa United 設立構想案~地域スポーツクラブと部活動の融合~」を発表した。
学校、地域のデータが盛り込まれて丁寧に作成された資料だった。活動開始時期は「令和7年市総体終了後(現在入部している1年生が引退した後)」。活動形態については「平日は各学校の部活動し、希望する生徒は休日、Nakagawa Unitedとして活動」。また、指導形態については「設立当初は各学校の顧問が指導を担当」「兼職兼業届けを提出し、休日の活動はNakagawa Unitedから指導者謝礼を支払う」。活動費用や設立背景まで現時点で考えられる項目に対し、一つ一つ回答するものだった。
■「我々のサービスはコーチング」
この日のテーマは「誰もがサッカーを楽しむことのできる環境の追求」。これは選手だけでなく指導する先生も含めてのものだが、さまざまな意見交換がなされ、今後につながる有意義なものとなった。その中で影山さんの言葉は響くものだった。
「部活動はそもそも無料ではない、今後の質の高いサービスに対し、対価を払うことが普通になってくる。サービスとは施設であり、コーチング。コーチングは大きい。そして誰もが能力に応じてスポーツを楽しめる環境になる。誰かがファーストペンギンにならならないといけない。人がいるかどうかがカギ。嘆くのではなくアクションを起こせるかどうか」
ふと、アントニオ猪木さんが口にした言葉がよみがえる。
この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道はなし。踏み出せばその一足が道となり、その一足が道となる。迷わず行けよ、行けばわかるさ-。
中村先生の決断が、未来につながる一筋の光となることを期待したい。【佐藤隆志】