両親より先に、海の向こうに吉報を届けた。DF川村優理(26=仙台)が初のW杯メンバー入りを決めた5月1日、真っ先に喜びを報告したのは新潟シンガポール奥山達之監督(39)だった。新潟在籍時の恩師で「サッカー観を変えてくれた人。奥山さんに出会い、代表を目指してみたいと思うようになった」という。

 奥山監督は元教え子の吉報に「(代表入りは)当たり前だ」と返信した。初めて川村を見たのは17年前。新潟のイベントに参加していた小学4年生の少女は「姿勢のいいリフティングに、しっかりボールを捉えたキック。その年代の女の子ではなかなかたどり着けないレベルにあった」。いち早く素質を見抜いていた。

 その後、中学生で新潟レディース入りした川村を監督として08年から12年まで直接指導。印象に残っているのは向上心だ。川村は常に「誰もが狙えるところに代表はある」と語っていたといい、その実現へ「甘やかさずあえて厳しい環境を与え続けた」。徹底して技術のドリル、時間を見つけて2部練習。カテゴリー違いの練習に参加させたことも。対人と空中戦の強さ、代表ではセンターバックにボランチもこなす器用さは、この時期に培われた。

 「理解力と吸収の早さで、私が関わっていた間だけでもかなりの技術を身に付けた。年齢的にも冷静に判断できる年になった。彼女らしさを表現し、世界に名を残す選手になってほしい」。遠く離れたシンガポールからの恩師のエールを胸に、川村はカナダのピッチに立つ。【成田光季】