今夏のパリ五輪(オリンピック)切符が懸かるアジア最終予選兼U-23アジア杯カタール大会で、GK小久保玲央ブライアン(22=ベンフィカ)が2戦連続無失点と、最後方からチームを支えている。

初戦の中国戦(1-0)ではチームが10人になった中、ビッグセーブ連発でピンチを救った。2戦目もUAE戦も完封の守護神は、柏のアカデミー(下部組織)出身ながらJリーグを経由せず、数多く名GKを輩出したポルトガル1部ベンフィカに直接加入した逸材だ。

GKを始めたのは中学1年から。しかし「ここぞ」という時にベストパフォーマンスを発揮してきたという。中学、高校と小久保を指導した井上敬太コーチ(40=柏レイソルGKコーチ)に、思い出と秘話を聞いた。【取材・構成=岩田千代巳】

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小久保を中学、高校と5年半にわたって指導した井上コーチは、小久保のプレーに確かな成長を感じていた。中国戦はDF西尾隆矢が開始わずか17分で退場。しかし数的不利に陥っても先発GKは動じず、相手との1対1も冷静に対応し、ハイボールの処理も終始安定していた。

「オフ・ザ・ボールのポジショニングが、すごく研ぎ澄まされていて。ボールがない時に、いい準備をしていたことが伝わってきました」と恩師は感慨深げに振り返る。

大舞台で最高級のパフォーマンス-。井上コーチには、小久保が高校2年時に出場した18年1月のアルカス杯の姿と重なって見えたという。

世界のビッグクラブのユースが集う大会で、開催地も今回と同じカタール。当時の柏U-18は、トットナム(イングランド)レアル・マドリード(スペイン)を下し、準決勝でベンフィカ(ポルトガル)にPK勝ち。決勝でパリ・サンジェルマン(フランス)に敗れたが、準優勝し、好セーブを連発していた小久保がベストGK賞に輝いた。

当時のベンフィカには22年FIFAワールドカップ(W杯)カタール大会でハットトリックを決めたFWラモス(現PSG)もいたほど、ハイレベルだった。

「大会を通して波がなく本当にスーパーでした。今回のように、ボールがない時も、すごく小まめにポジショニングを変えて、練習以上のパフォーマンスを出していた。自分のベストパフォーマンスをここぞという時に持ってくるのが、すごいなと」

同大会での活躍をきっかけに、小久保はベンフィカからオファーを受け、高校卒業後、直で渡欧した。

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井上コーチが小久保と出会ったのは小学6年生の終わりだった。柏のアカデミーの提携クラブでFWをしていたが、アカデミーのスタッフはGKとしての可能性に目を付けた。

「身体的な部分とスピード、ボールを止める、蹴るの質。見ている場所がすごく良かった」

柏U-15でGKに転向。そこで指導に当たったのが井上コーチだ。キャッチング、倒れ方の基礎から指導した。

小久保少年は、指摘をすると「シュン」となるタイプ。GKを嫌いにならないように、逆に好きになってもらえるように。一方で「上に行きたいんだよね」と向上心をくすぐった。

同時に、GKの心構えも植えつけていった。

「10本チャンスが来て1本決めればいいFWと、10本ピンチがあった時に10本止めないといけないGK。1本のミスも許されないGKとは違うので。いろいろな話をしましたね」

中学に入学した時、身長は170センチなかったが、中学の3年間で180センチを超えた。高校でもさらに伸びて190センチに。跳躍力はもちろん、30メートル走ではレイソルのフィールド選手を含めてもトップクラスで「ブライアン、陸上だったな」とジョークを飛ばしたこともある。

「超」が付く逸材だが、性格は「超」がつくほどのマイペースでもあった。「やる気スイッチ」をあの手この手で刺激すべく、折を見て2人で話をした。

特に、思春期では課題に真っすぐ向き合わない時期を経験するのが、世の常。モチベーションが高まった時に「何になりたいの?」「今の自分はどうなの?」「今日の練習はどうだった?」「明日の練習はどうしようか、どんなことを意識しようか」とホワイトボードを使って話し合ったことは、今ではいい思い出だ。

明るいキャラクターで、特に下の年代の面倒見は良かった。早生まれで、海外の大会では、今回のアジア杯と同様、学年が下の選手とプレーする機会が多かった。「同学年の選手と一緒にいる時には見せないリーダーシップを見せたりしていた」。試合中、苦しそうにしている選手に声をかけて寄り添うことも多かったという。

「勝負の肝は抑えているなと。もしかしたら、それが大舞台に強いことにつながっているかもしれませんね」

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高校卒業後に渡欧するとの進路を決めた際、井上コーチは、世界のトップが集う欧州でもまれ、より闘争心に火がつくことを、ひそかに期待していた。言葉も文化も違う異国の地。ましてや、簡単に定位置をつかめるほど甘くはない。

昨季、ポルトガルリーグを制覇し、欧州チャンピオンズリーグ(CL)にも出場しているベンフィカの正GKと2番手のGKは、小久保と同年代だ。プロ転向後は「コーチと選手」の立場ではなく「人と人」の立場でシーズンオフに会ったり、連絡を取り合う。試合に絡めない時期が長くても決して弱音は吐かず「やるしかないっす。これが現実です」と前を向いている姿を見て、井上コーチは小久保の成長を感じている。

「悔しそうな感情はもちろんありましたけど…。でも、決して投げ出していないことは、見て取れています。腐らずに頑張れているのは成長ですから」

今では、ポルトガル語でメディアのインタビューを受けるほどの語学を習得。環境も慣れている。井上コーチは、小久保には、さらなる伸びしろがあると確信している。

「まだまだできる気がしてならない。アルカス杯と、今回の中国戦のプレーを見たら、やはりできるんじゃないかと」

パリ五輪、その先にあるA代表へ。大きな期待を日本から寄せている。