佐野日大の海老沼秀樹監督(46)は、試合後の会見で男泣きした。会見の冒頭で「厳しいことや辛いことを耐えて、乗り越えて、私を信じてついてきてくれた」と選手をたたえたところで、もう涙声だった。

 さらに、最後に前線を4枚にして攻めたことについて聞かれると、あふれる涙をこらえることが出来なかった。

 「0-1のまま、終わりたくなくて…。あの子たちが最後、できるんだぞというのを、皆さんに見てもらいたいのが1番。引くだけじゃなくて、うちは、こういうのもできるんだぞ、というのを見せたくてね…。腐らず一生懸命やってくれた」

 海老沼監督が涙ながらに語る中、つぶやいた言葉があった。

 「本当は、今の子は…」

 「本当は」のその先を、GK中村一貴(3年)が明かした。

 「自分たちは新人戦、関東大会、総体で結果を出せなかった。特に総体で(栃木県大会準決勝で矢板中央に)負けた時、選手権に向けて、どうするか話し合った。海老沼先生からは『守備から入れ』と話があったんですけど、自分たちからは『攻撃サッカーやパスサッカーをしたい』という話が出て…でも海老沼先生は自分のサッカーを貫き、それで、この結果に至った。自分たちは結果が出ていなかったので、先生の意見をしっかり聞いて、1つにならないといけなかった」

 選手権で勝つために封印した選手の思い…攻撃サッカーを、海老沼監督は準決勝の最終盤で前橋育英相手にぶつけたのだった。海老沼監督は、中村の言葉を伝え聞き「一生懸命頑張っているんですけど、なかなか自分たちの好きなこと(攻撃)ができないところがある。生きるためには、これ(守備)しかなかった。でも、最後には意地を見せたかった」とかみしめるように言った。

 決勝進出は、かなわなかった…でも、選手たちには宝物がある。ピッチ内から私生活まで全ての指導において、厳しくも熱い思いをぶつけてくれた、海老沼監督から受け取った、たくさんの思い、経験だ。中村は、佐野日大の先輩であり、センターバックとしてバルセロナ五輪代表候補に選ばれた海老沼監督が、GK指導のために、GKコーチのライセンスまで取ったことを涙ながらに感謝した。

 「自分が高校2年の時、常勤のGKコーチがいないからと、GKライセンスを取ってくれた。先生の机の上に、GKの本が置いてあってすごく勉強してくれた。それで(佐野日大の選手権の)歴史を塗り替えることが出来て良かった。ありがとうございました、という気持ちでいっぱいです」

 海老沼監督は新チームの構想について「全く、うちは1から、その時いる選手で総入れ替え。選手にあったサッカーをしますが、取り組みは変わらない」と断言。その上で、こう言った。

 「選手には監督とは呼ばないように言っています…先生として頑張ります」

 生徒のために、泣ける先生がいる。そんな先生の思いをかみしめ、泣ける選手がいる限り、佐野日大は、きっと、これからも強くなっていく。【村上幸将】