Jリーグは15日、新型コロナウイルス感染拡大を受け、初めて中断期間下で開幕記念日を迎える。93年5月15日から27年。横浜マリノスとの開幕戦で第1号ゴールを決めたヴェルディ川崎のFWだったヘニー・マイヤー氏(58)が取材に応じた。退団し、日本を離れた後の浮き沈み激しい人生や、新型コロナウイルス感染拡大から立ち直りつつあるオランダ国内の現在を紹介した。【取材=エリーヌ・スウェーブルス通信員】

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-新型コロナの影響は

「いつもの仕事が、すべて中止になった。学校(育成年代の指導)や市(アムステルダム市の事業で、低所得者向けの教室も開いている)での仕事。今は自宅でビデオ電話をしたり、ワークショップをして過ごしている。新たにスタートした仕事も1つある。老人ホームの内庭で20分ほど体操をしたり、入居者のケアをすることだ。コロナが収まったも、たとえワクチンができても、この気持ちがなくならないよう、気をつけないといけない」

-オランダの状況は

「(4月下旬から)12歳までの児童が練習できることになった。ルールが少し緩和されてきた。僕が主に教えているチーム(18~19歳)は練習できていなかったけど、こちらも4月末から(再開)。練習を見たいけど、やっぱり僕は60(歳)近いので、他人と接触する仕事が禁止されている。仕方ないね」

-経済的には

「うちの会社(サッカースクール)は、ここ数年、利益が出ていた。内部留保があったので給料は安全。クビになることはなさそうだ。世の中の状況を考えれば恵まれている。(オランダリーグが中止になり)プロサッカーの解説の仕事は収入ゼロになったけど(レストランやカフェが閉まっていて)家族で外食や映画館に行けていないので、出ていくお金も減った」

-ヴェルディを退団してオランダへ戻り、98年に引退。前夫人と離婚し、2男3女を育てるため専業主夫になった。選手年金に頼る生活を「お金が尽きるまで」10年間も続けた。その後、再婚。子育てが一段落した後はサッカースクール「ゴールデンシュー(MVPの意味)」を設立した。現在は

「ポジティブだよ。はじめは6~12歳の選手たちを教えたり、アマチュアクラブのU-17の監督をしたりしていた。前の奥さんとは難しい関係だったけれど、新型コロナで大変になったことで、関係が良くなってきた気がする。子供のことで相談することが増えて、ビデオ電話をすることが増えた」

-波瀾(はらん)万丈の人生。現役時代の89年には、スリナム航空の墜落事故で多くの選手仲間を失った。一方、末っ子の3男(23歳)がヒップホップ歌手になるなど喜ばしいことも。マイヤー氏の人生経験から、この難しい新型コロナ禍を乗り越えるため、選手やサポーターに言えることは

「僕が思うに、サポーターと選手のモチベーションは全く違うものだ。サポーターにとっては、サッカーはあくまでも遊びの1つ。生活、仕事、子供は別にあるから。寂しいかもしれないですが、私生活は続く。反対に選手は仕事、人生がサッカー。メンタル的に難しい。ここは、クラブからのサポートが大事になる。練習や試合ができず、チーム全員で一緒に過ごせない時期に、クラブがどのように選手をモニタリングするかが重要だ。オランダは、メンタル系も見るコンディションコーチが多いので、うまくやっているはず。21世紀の素晴らしい技術を使いつつ、選手にはタフなメンタルを持ってほしい」