気難しく近寄りがたい。そんな印象を持つ人は多いだろう。

だが、そろそろ終わる私の長い記者生活の中でも、オシムさんほどの(言葉は悪いが)“人たらし”に出会ったことはない。

通常、試合後は監督が感想を話してから記者の質問が始まる。だがオシムさんは、ジェフ市原(千葉)の担当記者にまず質問をさせる。させておいて「君はいったい毎日、何を見て取材しているのか?」と他の記者の前で大恥をかかせ、記者の的外れを指摘しつつ持論を展開する。そして、こちらの顔が真っ赤になった頃合いを見計らって、「確かに君の見方にも一理はある」とニヤリと笑い、突然こちらの名誉? も挽回してくれる。この巧みな言葉の押し引きに、担当はいつしかメロメロになってしまう。

巻誠一郎がサプライズで06年ドイツW杯メンバーに選出された時、満面の笑みで喜んだ直後、「君たちは1つ大事なことを忘れている」と寂しそうな顔になった。「メンバーに阿部勇樹の名前がないことは本当に残念だ。彼の気持ちを考えてほしい」の言葉に、お祭りムードだったその場が一気に冷静になったことが昨日のことのようだ。

川淵さんの「言っちゃったね」発言の後、岐阜の飛騨古川でジェフのミニキャンプがあり、多くの報道陣が押しかけた。某テレビ局がオシムさんの母国語を話せる人を用意し、オシムさんに直撃。それまで口を開かなかったが、つい質問に答えてしまった。他の報道陣には何を話しているのか全く分からない。某テレビ局の独り勝ちになるところだった。だが数分後、再び姿を現し「このやり方はフェアではない」と、日本語の通訳を通してその時の状況、日本代表への思いを口にした。某テレビ局からすればじくじたる思いだったろうが、心根の優しさを感じた一瞬だった。オシムさん。本当にいい人生勉強をさせていただき、ありがとうございました。ご冥福をお祈りいたします。(05~06年ジェフユナイテッド市原・千葉担当・栗田文人)

【オシム氏死去】巻誠一郎氏、阿部勇樹氏ら「チルドレン」哀悼 世界から悲しむ声/関連記事一覧―>