神村学園(鹿児島)が、U-17日本代表MF名和田我空(2年)の全国大会初ゴールなどで松本国際(長野)を破って3回戦進出を決めた。U-17アジア杯のMVP&得点王が苦しみながらもベスト16入りした。

U-17日本代表の名和田が、不完全燃焼ながらも全国初得点を決めた。前半8分、右サイドからのクロスをファーサイドでフリーで受けると、右足で流し込んだ。4度目の全国でようやくの1号に「初戦で得点が取れたのはすごくうれしかった」と笑みをこぼした。

6月のU-17アジア杯タイ大会で5得点を挙げ、得点王&MVPの2冠に輝いた。11月のU-17W杯インドネシア大会にも出場。世界を経験しても、選手権は特別だった。「昨日の夜は初めて眠れなかった」。得点後は攻守で精彩を欠き後半29分に交代。有村圭一郎監督は「あれ(得点)しかしてない。次はチームに返してもらわないと」と、あえて厳しい言葉を発した。

名和田自身も分かっている。「自分のサイドでボールが奪えず崩された。人のせいにせず、自分と向き合わないといけない」とした上で「自分の力はこの程度じゃないと次から証明できるように」と前を向いた。

U-17W杯での1次リーグは2試合で出番がなかった。「負けている状況でも使われなかった。心の底から悔しい思いをした」。それでも決勝トーナメント1回戦スペイン戦では先発復帰し、見事1得点。「どんな状況でも準備できるメンタルの面がW杯での一番の収穫だった」と振り返る。

悔しい思いを糧に1歩ずつ成長を遂げる。「どの舞台でも力を100%出せる選手が、プロでも活躍する選手。今日の得点をポジティブに捉えて、次も連続で取れるように続けていきたい」。3回戦は2戦6発と好調の神戸弘陵(兵庫)が立ちはだかるが、大みそかにギアを上げたエースが8強へ導く。【岩田千代巳】

◆名和田我空(なわた・がく)2006年(平18)7月29日、宮崎県生まれ。2学年上の大迫累(現C大阪)に憧れて中学から神村学園に入学。22年、U-16日本代表入り。23年のU-17W杯インドネシア大会に出場した。名前は「大空に羽ばたくように」の意味が込められている。家族は両親と兄、姉。171センチ、63キロ。利き足右。血液型O。