シドニー五輪の金メダルが見えた! 大本命・高橋尚子(27=積水化学)が、2時間22分19秒の文句なしの走りで優勝。シドニー五輪代表の座を確実にした。向かい風の序盤こそ自重したが、23キロすぎに猛スパート。後続をブッちぎると独り旅の後半もハイペースを守り歓喜のゴール。自ら持つ2時間21分47秒の日本最高にこそ及ばなかったが、タイムで弘山の2時間22分56秒を上回り、きょう13日に代表選考する日本陸連理事会、評議員会で選ばれるのは確実。日本女子マラソン界悲願の金メダルを視界に入れた。

魂の足跡を、尾張路に刻み込む。悪夢が染み込む汗は、シドニーに続く五輪ロードにはじき飛ばした。もう涙する必要はない。独り旅に終止符を打つ、歓喜のゴール。冬に別れを告げるやわらかな夕日が、高橋を照らした。その直後、集音マイクが高橋の第1声を拾った。「これで大丈夫ですね」。異論を挟む余地は寸分もない。マラソンの神様が、五輪キップを高橋の手に運んだ。

「やるべきことは精いっぱいやった。これでシドニー、シドニー、シドニー」。ゴールの瞬間の気持ちを、高橋はそう表現した。左足腸けいじん帯炎で棒に振った世界陸上セビリア大会から196日目。「セビリアで止まっていた時間をこれでクリアし、次の1歩を踏めます」。会見中、陽気に振る舞っていた高橋の声は涙声に変わった。

やっぱり怪物だ。8割の状態で臨んだ修羅場の最終選考会。序盤こそ向かい風と体調を考え、5キロのラップは16分後半から17分台のスローペース。ジッと我慢し耐えた後の23キロすぎ。一気のスパートで粘る麓(ふもと)らをブッちぎる。沿道の「Qちゃんがんばれ」の横断幕もなびく。母滋子さんがデザインし、セビリアにも持参したという、真心こもった激励の文字も高橋の走りに拍車をかけた。「このままだと2時間25分。文句なしで(五輪代表に)選んでもらうには22分」。20キロ以降は16分台のラップをキープ。20キロ地点で最大1分48秒差あった『見えないライバル』弘山とのタイムも、35キロ地点で7秒開き逆転。力強く「当確圏内」を走り切り、弘山のタイムを37秒上回った。

2月上旬には「サバで食あたり」(小出監督)し、夜間病院に運ばれ、合宿地の徳之島入り後に4日間、緊急入院した。3日間は点滴で絶食を余儀なくされフラフラの状態に。それでも10日の公開取材日は弱みを見せまいと、40キロを走り抜いた。だが滝田トレーナー(35)が舞台裏を明かす。「実際はストレスからくる胃けいれん。過呼吸でぶっ倒れそうになったこともあります」。五輪への執念が重圧をはねのけた。

大阪学院大時代、白地図に色を塗るのを楽しみに関西地方を走り回った、ランニングをこよなく愛する高橋。その心臓を小出監督は「普通乗用車に5000CCのエンジンを搭載している」と形容する。シドニーのセンターポールに、日の丸がはためく夢は高橋に託される。「ようやくシドニーまでの階段ができました。私の方がシドニーを包み込める力をつけたいです」。新たな高橋伝説が、南半球の地でつくられる。【渡辺佳彦】