55年ぶりの箱根駅伝出場を決めた立教大(立大)の上野裕一郎監督(37)が17日、日本テレビ系の情報番組「スッキリ」に出演し、就任4年目でチームを改革した裏話や自身のことを明かした。

立大は15日の箱根駅伝予選会(東京・立川市)で6位に入り、28度目となる箱根行きの切符を手にしている。濃紺のスーツ姿で、映像を見ながら司会の加藤浩次の質問に答えた。

「日本一速い監督」と呼ばれ、今も現役ランナーとあって、練習では自身も一緒に学生ランナーと走っている。「選手の息遣いとか近くで見ていた方がいい、接地音で(状態が)悪ければ分かります」と説明した。

走るメニューだけでなく、補強トレーニングに重点を置いている。走るだけではつかない筋肉を鍛えられ、ケガの予防につながると自らのノウハウを生かして強化している。

そもそもなぜ、中大OBの上野監督だったのか。立大側が2024年に創立150周年を迎えるにあたり、同年1月の箱根駅伝に出場するプロジェクトを立ち上げたのが始まり。新監督を探していたところ、上野監督が暮らすマンションに立大のコーチが住んでおり、ランニング仲間で家族ぐるみの付き合いだったという。新監督の条件を聞いたところ「自分に合ってると思い、僕じゃダメですか?」と逆オファーしたという。「大学側に確認してみます」という言葉からとんとん拍子で就任するに至った。

駅伝部の寮で暮らしており、部員たちと一緒に風呂で雑談に興じ、食事をともにする。そんな上野監督に「学生のノリについてきてくれる」と部員たちも信頼を寄せる。

温厚な性格で部員たちを叱ることもない。15日の予選会のVTRでは、レース中の部員たちに「箱根いけるぞ」「頼む!」と叫んでいた場面が取りあげられ、司会の加藤から、従来の凜(りん)とした監督像とは異なる姿を突っ込まれると、上野監督は「監督は普段から頼ってばかりですから。部員が気持ち良く走ることが一番。選手たちに大人にしてもらっています」と回答した。

また、文武両道を地で行く部員たちの姿をたたえ、中大時代は茶髪のランナーだった自身を振り返り「昔の自分に説いてやりたい」と自虐した。加えて大事なイベントに遅刻する常習犯であると告白し、苦笑いする場面も。

「日本一速い」だけでなく、「日本一親しみやすい監督」としても箱根駅伝では注目を浴びそうだ。