【ハンガリー(ブダペスト)=藤塚大輔】男子3000メートル障害で日本記録保持者の三浦龍司(21=順大)が、同種目日本勢最高の6位入賞を果たした。
銅メダルまで1・78秒差の8分13秒70をマークし、7位だった東京五輪から1つ順位を上げた。これまで日本人最高は03年パリ大会の岩水嘉孝の11位だったが、20年ぶりに更新。念願の表彰台入りへ、堂々と来夏のパリ五輪へ突き進む。
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東京五輪から1つ順位を上げた三浦は、喜びよりも先に反省が口をついた。
「ラストで抜かれてしまった。詰めの甘いところが出た」
5位で最後の直線へ入ったが、ゴール手前で抜き去られた。まだ汗がしたたるレース直後。冷静に自分を見つめながらも、パリ五輪への思いはあふれた。
「1、2番に食い込むのはまだまだ。3番は現実味があるかもしれない」
具体的な順位とともに、1年後の姿を思い描いた。
京都・洛南高3年時。報道陣から五輪への思いを問われると、いつも「いずれはそういうところに行けるように…」と口にしていた。2学年後輩の佐藤圭汰(現駒大)が「活躍します」と言い切る姿とは対照的だった。
奥村隆太郎監督から「東京五輪に出るくらいの気持ちじゃないと、パリ五輪にも出られない」と諭されても、苦笑いを浮かべるだけだった。
順大へ進学すると、想像よりも早く結果が伴い始めた。大学2年時に東京五輪7位。3年時に世界選手権出場。世界舞台を経験するにつれて、心に変化が生まれていた。
昨年8月のダイヤモンドリーグ・ローザンヌ。先頭集団に食らいつくと、会場が大歓声に包まれる瞬間があった。
今年1月の教育実習。三浦はそのことを奥村監督へ報告した。
監督からは「前に出たくらいで、拍手を送られるということは、そういうこと(甘く見られてるということ)やな」と返された。
間髪を入れずに即答した。
「そうなんです!」
決勝に残り、誰からも驚かれないようになってからが真の意味での世界との勝負。師の返答と同じように、三浦もそう感じていた。
2度目の世界選手権を終え、胸にはうれしさと悔しさが「半々」で占めるが、そこには充実感が漂っていた。
「入賞して、こうやって悔しいと言えることのほうが幸せだと思う。自分の成長も含めて、良かったと思えるブダペストの世界陸上だったと思います」
次は表彰台へ。「いずれ…」ではない。すでにパリへの道筋は見えている。